【ぐるぐるくん】バックナンバー 2012年  野中邦子(のなか くにこ)   

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ぐるぐるくん

野中邦子(2012.01.10更新)



 あけましておめでとうございます。旧年中はたいへんお世話になりました。
 本年も当ホームページをよろしくお願いいたします。

 ところで、私個人はまだ年が明けていないような気がします。年末締切の原稿が年を越してしまい、あと数日かかる予定。今年のお正月はずーーっと机に向かっていました。それもこれも、自分が悪いのです。自業自得です……。去年は遊びすぎました。もちろん3月の大震災と原発事故の影響で気持ちが落ち着かず、停滞したことも遅れた理由のひとつではあります。そういえば、デモにも行ったな。

 というわけで、まだ仕事が終わっていないため、今月のエッセイは年賀状をアップしてご挨拶に代えさせていただきます。

 南極クルーズに始まり、ロンドンファイナルズで終わった2011年――やっぱり遊びすぎだろ>私

 2012年の抱負はただ一つ。「締め切りを守る」

 という冗談はさておき(「冗談ではない!」という声が出版社方面から聞こえてきそうです)、2012年のささやかな抱負は、これまで経験のないことをやってみること。まず、2月に兵庫県で開催されるテニスの国別対抗戦「デビスカップ」の応援です(なんだ、けっきょくテニス観戦か)。ふだんテニスの試合は静かにしていなくちゃいけないのですが、デ杯だけは鳴り物入りの応援が許されているんです。

 試合は2月10、11、12日、相手はクロアチア。日本の出場選手は、錦織圭、伊藤竜馬、添田豪、杉田祐一。wowowでも放送されるので(残念ながらライブではない)、応援ぶりをテレビで見てね。日本開催のデ杯についての詳細はこちら
(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2012.02.03更新)








 ようやく訳了しました。ああ疲れた。
 といっている間もなく、すでに最初のほうの校正刷りが届いています。なにしろ分厚い本なのです。

 とはいえ、ぶっ通しで仕事をしていると、疲れもたまるし、気持ちも停滞してくるので、気分転換が必要です。 去年の秋から冬にかけては、この仕事にかかりきりで、お墓参りにも行かれなかったので、富士霊園へお参りに行くついでに、母、姉夫婦、それに娘と箱根の仙石原温泉で落ち合うことにしました。とても寒い日で、夜から雪になりました。宿のピクチャーウィンドウから見た大涌谷。小さくロープウェイが見えます。久しぶりの温泉は気持ちよかった!

 仕事が詰まっていると、ヨガやエアロビクスの教室もついお休みしてしまいます。すると、自分の体を意識する時間がなくなって、心身ともによくない。翻訳の仕事は頭を使うので、甘いもの、とくにチョコレートがやたらと食べたくなるし、食事も炭水化物が多くなって、それでなくても正月太りの上に締切によるストレス太りで、やばいことに。

 温泉に行くと、昼間からゆっくりお風呂に入って体を見直すことにもなります。久しぶりにヨガ教室へも行ったら、いかに体をネグレクトしていたかを実感させられました。

 温泉からの帰りには宮ノ下の富士屋ホテルに寄って、メインダイニングルームでランチを食べました。

 5品のコースで、最初がウォルドルフサラダ(リンゴとセロリと鶏肉)、コンソメスープ、魚料理はまるまる一匹のニジマス。きれいな形です。味もいいけど、目にも美しい。肉料理はポークソテー。そしてデザートは皇族に愛されたというチョコレートサンデー。なんとフィンガーボウ付き。サンデーに添えられたビスケットを手でつまんで食べるからですね。フィンガーボウルの実物を見るの、いつ以来だろう。

 フィンガーボウルといえば、「水を飲む」ですよね。いまGoogle検索してみたら、フィンガーボウルの使い方を知らないお客がその水を飲んでしまったとき、主人役が恥をかかすまいとして、同じようにフィンガーボウルの水を飲んだ」という話がいっぱい出てきました。エリザベス女王だったり、ビクトリア女王だったり、天皇陛下だったり、どこかの王女さまや、なんとか大将のこともある。

 お箸の先でなんでも器用につまんで、手を汚さないお箸の国の人は優雅ですよね。一方、フォーク・ナイフどころか、手づかみの人たち。野蛮に手づかみで食べながら、銀器やガラス製のきれいなボウルに入った水で指先を洗う、ってなんだか矛盾しているような。不思議なマナーです。

 訂正・先月のこの欄で、デビス・カップの放映について「残念ながらライブではない」と書きましたが、wowowがライブ放送するそうです。楽しみ!
(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2012.03.06更新)


黄色い入り口はテニスボールをかたどっている。


伊藤竜馬選手の大きなボードのあるブースではラケットやウェアを売っている。


開会式には両国チームが勢ぞろい。


先頭が竹内監督、次が杉田選手、伊藤選手、顔が見えないけど添田選手。


先頭がカルロビッチ選手、そしてドディグ選手。


イワン・ドディグ選手。


添田豪選手。


勝った添田を祝福する日本チーム。


日本のエース、錦織圭選手。


 1月に書いたとおり、デ杯の応援に行ってきました。
 ほんとうだったら、東京の有明テニスの森で開催するはずなのがあいにく改修工事中だそうで、兵庫県三木市のブルボンビーンズドームが会場となりました。テニス友達がチケットをとってくれたので、その友人の旦那さんも含めて4人で観戦することに。

 神戸三宮にホテルをとり、朝10時にホテルの前で集合。友人が手配してくれたレンタカーで、友人旦那が運転手を務めてくれました。神戸市内から30分程度ですが、走るにつれて山のなか。こんなところにスタジアムがあるの?と不安になったころ、突如として住宅地に出ました。ところが公園の入り口がなかなかわからず、ぐるっと回って、なんとか無事に到着。一人じゃとても辿り着けなかったでしょう。

 広い公園にスポーツ施設がいくつもあり、その1つが製菓会社ブルボンがスポンサーになっているビーンズドームです。上からみると豆の形をしているから、ビーンズドーム。外壁に草がびっしり生えていて、それで館内の温度を調節するエコドームです。なかには大きなセンターコートが一面と、その両端に練習用コートが4面ずつ、合計9面のコートがあります。屋根も開閉式だし、きれいだし、とても立派な施設です。惜しむらくはアクセスが厄介。交通の便がもっとよければなぁ。

 売店では選手の関連グッズを売っていて、さっそくデ杯の日本応援用タオルマフラーを買って首に巻きました。入場者全員に、入り口で使い捨てカイロと応援用のビニールのバルーンが配られました。2つ一組の細長いバルーンを膨らませて、打ち合わせて音をたてて応援するわけです。

 開会式は両国選手が登場、国歌演奏と国旗掲揚です。対戦相手はクロアチア。小国ですが、サッカーも強いし、テニスも強い。日本チームは竹内映二監督のもと、ランキングトップの錦織圭以下、添田豪、伊藤竜馬、杉田祐一。クロアチアはクラヤン監督、選手はイワン・ドディグ、イボ・カルロビッチ、アントニオ・ベイッチ、ロブロ・ゾブコの4人。ドディグ選手と長身のカルロビッチ選手が手ごわい相手です。とくにカルロビッチは208pの長身から打ってくる強烈サーブが有名で、テニス界で最もスピードの速いサーブを記録しています。こわい。

 観戦するのは一日目だけ。まず、添田選手とドディグ選手の第一ラバーが始まります。添田選手は日本チームの最年長です。ピアスをしていておしゃれ。やさしい顔立ちなのに、アグレッシブな攻撃をします。この日も熱のこもったプレイで、ドディグ選手に勝利! この勝利は大きい。観客も日本の国旗を掲げたり、横断幕をかけたりして、熱心に応援。私たちも手作りボードを掲げ、バルーンを打ち鳴らしれ声援を送りました。たのしいー! チームの選手やスタッフも客席から応援していて、その情景もとてもいい。アウェイのクロアチアも少数ながら応援団がいて、缶を打ち鳴らして応援していました。勝利した添田選手を迎えるチームの表情もすごくかった。

 テニスはふだんはチームスポーツではなく、コート上ではたった1人で戦わなければいけません。コート中を走りまわり、長びくと4時間、5時間という試合になることもあります。フィジカルにも、メンタルにも、とても厳しいスポーツなのですが、デ杯のときだけはチーム一丸となって戦うことになります。その雰囲気を愛する選手が多く、スペインのナダルやアルゼンチンのナルバンディアン、オーストラリアのヒューイットなどは、デ杯に情熱を傾けます。国を代表する戦いということもあるけど、やっぱりみんなで団結して戦うこの雰囲気が好きなんだろうな、と思います。見ているほうも、すごく楽しい。

 ビーンズドームはエコドームなのですが、さすがに2月の山のなか。冷えました。寒いということはさんざん聞かされていたので、防寒対策はばっちり。スパッツの上にユニクロの裏フリーズの防寒パンツ、上は南極仕様のパーカ、そして使い捨てカイロを両脚と腰に複数貼り付けるという装備を固め、それでも寒かったのはさすがです。暖かい食べ物がほしいところですが、売店はあまり食べ物を売っていなくて、せいぜいチキンナゲットにソーセージ、おにぎりとサンドイッチくらい。あったかいスープとか、うどんとか、があればよかったのにな。

   ブルボンがスポンサーになっているだけあって、お菓子本詰め合わせも売っていました。これは買って、少し食べたけど、ほとんどはお土産にしました。お菓子って最近食べていなかったので、グミとか、チョコレート菓子とか、プチシリーズとか、なかなかめずらしかった。

   さて、第2ラバーはエースの錦織君が登場。相手は大先生という愛称で呼ばれるカルロビッチ選手です。サーブすごい。強烈。しかも、武器はサーブだけではなく、ネットにも出て、ボレーやスライスもうまいのです。圭君は寒さに弱いらしく、長そでのアンダーシャツに、観戦中はカイロを背中にも貼っていたらしい。寒さのせいかどうか、調子が出ずに、残念ながら敗退してしまいました。

 それでも、1対1のタイで一日目を終え、私たちは大満足で帰途につきました。すっかり暗くなった山道を降りて神戸市内に戻りました。そのあとは、神戸在住のお友達のやっている焼き鳥屋さんに行って、焼き鳥と焼酎お湯割りをいただきながら、おしゃべり三昧。

 翌日はダブルスの試合、3日目はまたシングルス2回です。チケットがあればダブルスも見たかったんだけど、あいにくチケットは完売。結局、危機を感じたクロアチアがダブルスの選手を替えて、エースのカルロビッチとドディグを投入。この2人を相手にダブルスで伊藤杉田ペアが負け、そのあと3日目にもクロアチアはカルロビッチとドディグを連戦させるという力の入れ方。結果は、錦織がドディグに勝利、添田がカルロビッチに敗れ、合計3対2でクロアチアの勝利に終わりました。日本チーム残念。

 ワールドグループに残れなかったので、今年はまた入れ替え戦からのスタートです。でも、デ杯の面白さにめざめちゃったから、日本のテニス・ファンはどんどん盛り上がっていくはず。錦織選手もランキング17位と驚異的な躍進だし、ますます楽しみですね。
(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2012.04.05更新)

 前にも書いたかな。この話。
 プロテニス選手のロジャー・フェデラーが股抜きショットのやり方をビデオで説明して、最後に「まねしないでね。ぼくはプロだから。I'm a professional」と言っていたのがとてもかっこよかった。テニスだったらプロとアマチュアの差は歴然だが、文章というのはその境目がはっきしりしない。

 昨今、ブロガーが増えていて、どこまでがプロでどこまでがアマチュアかわからなくなっている。ある人気ブロガーの話。いちおう会員制の有料サイトなのだが、それで食べていけるほどの収入があるわけではない。筆者はもとジャーナリストと称しているが、現在は文筆家としての仕事はしていないようだ。かなり個性の強い人ではあるが、内容の濃い記事で人気があった。

 ところがあるとき、ちょっと行き過ぎた私怨まじりの記事が載った。読者のなかにも「これはまずいでしょう」という声があがり、削除するか、訂正するか、なんらかの対応をしたほうがいいという助言もされた。しかし、ブロガーは「ようすを見る」といって、なかなか対応しない。周囲ははらはらして見守ったが、やがて謝罪記事なるものが掲載された。しかし、もとの記事はそのままで、謝罪にしても自己弁護でしかなく、そもそも、自分のどこが悪かったのか、当人は理解していないようだ。

 しかも、どのコメントをさしていったのかわからないが、「感情的な怒りのコメントに傷ついた」という。自分の書いた記事で、人を傷つけたことは気にならないらしい。私怨まじりの記事を書くこと自体、ジャーナリストとしては落第。まあ、個人の私設ブログなら、何を書いてもいいわけだけど。要するに、書きたいことだけ書くというのはプロではないわけだ。

 ところで、最近、私の翻訳について、「この訳語は著者の意図を正しく伝えていない」といわれた。いや、そんなこといわれたのは何年ぶりでしょうか。ちょっといい気になっていたかな、初心に戻らなければ、と思った。

 しかし、ふと考えた。著者の意図ってなんだろう。著者の意図をそのとおり、正確に、少しも歪めずに日本語にすることなんて、ほとんど不可能ではあるまいか。その諦めは、とっくのとうについている。そのうえで、日本人の読者に向けて、最大限すりあわせをするのが翻訳者の務めではないのか。

 私の翻訳の取り柄はリーダブルであることだ。よくそういわれる。原文への忠実さと日本語の読みやすさ。どちらをとるかといわれたら?
 両方、と答えるしかない。

 読みやすくても、内容を曲げていたら、もちろんだめ。でも、内容が正確なのに、日本語として読むにたえなかったら? そういう例はありえないといっていい。日本語がよくなかったら、内容が正確に伝わるわけがないのだ。余談ながら、リーダブルな文章ほど誤訳を見つけやすいという。難解な文章だと、文章を読み解くことに一生懸命になって誤訳に気づかないという冗談みたいなことが実際にあるのだ。

 著者の文章を一字一句、意図を曲げずに、そのまま伝えているか、と問われたら、その自信はまったくない。でも、私が望むのは、その本を読んだ人に少しでも「楽しかった」「面白かった」「読んでよかった」と思ってもらうことなのだ。翻訳者のなかには、著者に向きあうタイプと、読者に向きあうタイプがあるようだ。私はどちらかといえば後者なのかな……理想をいえば、著者と手をとりあって、同じ読者に向き合うことが最高なのだろう。これからも道を踏み外さないように精進します……って誰にいっているのか? たぶん翻訳の神様に。

(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2012.05.04更新)


会場入り口


お弁当を食べる少年


錦織圭選手


センターコート風景


7回目の優勝カップを手にするナダル


ナダルとフェレールのシャンパンシャワー

 バルセロナへ行ってきました。2002年以来、10年ぶりの訪問です。前回はガウディの伝記を翻訳したあとで、ガウディ建築めぐりが目的でした。今回は、スペイン語を習いはじめて2年目ということで……というのは付け足しで、本当の目的はクレイのナダルを見ること。

 いちおう補足しておくと、ラファエル・ナダルはスペインのプロ・テニス選手で、クレイというのはコートのサーフェイスの一種です。ウィンブルドンは芝、全仏はクレイ、全豪と全米はハードコートで試合をします。赤土を敷き詰めたクレイ・コートでのナダルは圧倒的に強いのです。日本にはクレイコートがほとんどないので、クレイ・コートの試合を見るには外国へ行かなければなりません。芝も同じく。

 クレイ・キングといわれるナダルですが、去年はそのクレイ・コートでもジョコヴィッチに負けてしまい、なんと7連敗という成績。これはまずい。とはいえ、出かける直前のモンテカルロでは復活の兆しを見せ、順当に勝ち上がって、決勝戦まで行きました。

 ところが、モンテカルロ決勝戦の日に飛行機に乗らなければなりません。「どうなるかなぁ、ジョコにまた負けたらどうしよう」と、はらはらしながら飛行機に乗りました。ファンもつらい。ヒースロー空港ではまだ結果がわからず、しかも乗り換えの便名をまちがえて、空港職員さんに急き立てられ、空港内を走らされる始末。実際はそんなに急ぐ必要はなくて、ちゃんとトランジットできました。バルセロナ空港について、フリーwifiにつなぎ、ようやくツイッターで結果を確認。「おーーー勝ってるー!」とそれだけでは満足できず、どんなプレイだったのか気になってしかたがない。iPhone でスコアを確認するとどうやら圧勝だったもよう。

 しかし、ホテルに着いたとたん、こんどは明日からのバルセロナ・オープンに興味が移ります。トーナメントの公式ホテルに泊まったので、ロビーに選手がうろうろ歩いている! プレイヤーズ・パーティから戻ってきたティプサレビッチや錦織圭君に遭遇。ハーセもいる、ニーミネンもいる。イストミン、トミック、ラオニッチ、ベルダスコ、きゃー! でも緊張しちゃって、なかなか声をかけられない。圭君に「がんばってください」というのが精いっぱい。実物の選手は背が高くて、日焼けしていて、小顔で、彫りが深くて、かっこいい。と完全にミーハー状態。

 翌日からトーナメントの第一戦が始まります。でも、一つ問題が。

 バルセロナ・オープンのチケットは1週間通しの席を買いました(ばらで買うより割安)。オンラインで購入し、カード゙決済、控えのチケットを自分でプリントアウトしてもっていき、現地でチケットに交換するという手順です。買ってから2,3日後に電話がかかってきて(スペインから!)、「eチケットに問題はないか、ちゃんとプリントアウトできたか」と聞かれました(英語でした)。ずいぶんていねいだなーと思ったものです。ところが、2月に買ったチケットが3月、4月になってもカード゙決済されないのです。どうしたんだろうと思っていたら、出発直前になってメールが来ました。カルロス・ペレスさんからです。「引き落としがうまくいかなかったけど、席はとってあるから、現地にきて決済してね」という内容でした! 「えーびっくり。ぜったい行くから席をとっといてね」と返事をしたら、「だいじょうぶ、ノープロブレム」という。やれやれです。

  そんなわけで、初日はようすを見がてら、ディアゴナル通りを歩き、地下鉄のマリア・クリスティーナ駅でタルヘータ10(ディエス)を購入。これで、バスとトラムとメトロに10回分乗れます。坂を上ると会場です。その坂道の途中、偽警官に遭遇し、「パスポートを見せろ」といわれる危なっかしいハプニングもありましたが、なんとか無事に逃げ出しました。見るからに観光客だったんでしょうね。入り口のブースで、チケット代の支払は無事終了。一週間分のチケットが紙切れ一枚。入退場のたびにそれを見せるので、お財布に入れておいたら、一週間でよれよれになってしまった。

 センターコートの席は、関係者席(一般人は買えない)のすぐ後ろ、審判席側、選手のベンチのすぐそばでうれしい。第一コートはセンターコートのチケットをもっていれば自由に入れます。選手のベンチがすぐ目の前にあって、選手と審判の話が聞けるほど近い。第一コートでは錦織選手の試合を見ました。戸外で日差しが強く、風も吹いてクレイの土埃が舞い上がります。こぢんまりしたコートで、すぐそばにお気に入りの選手がいて、応援できるのはとてもいい感じ。トップシードの選手はつねにセンターコートでの試合なので、ナダルに近寄れなかったのは残念ですが。

 隣の席の少年は、お弁当をもってきて、見ながら食べていました。鶏のから揚げみたいなものだったな。お弁当持参の人は大勢いて、バゲットにハムを挟んだものがほとんど、あとはバナナとか、サンドイッチ。水も必須。日焼け止めも必需品。私は頭の部分があいたサンバイザーをかぶっていたんだけど、頭のてっぺんが日焼けして、ひりひりしてしてきたので、あわてて帽子に変えました。首のあたりもスカーフからずれた部分が真っ赤になっていました。

 一日3から4試合くらい観戦し、ホテルに帰って一休みしてから夕食に出る。そのころ、ロビーに選手がうろうろしているので、お気に入りの選手を見つけたら、一緒に写真を撮ってもらったり。朝食レストランにも選手が大勢いるんだけど、やっぱり食事中に声をかけられるのはいやだろうなと思って自粛。朝食の席では、ラファとガールフレンドのシスカちゃんも見かけました。アンディ・マリーとコーチのレンドルさんもいました。ラファのおじさんで、コーチのトニさんにはなんとかスペイン語で話しかけて握手をしてもらいました。ダビ(フェレール)は試合とはうってかわって食事中はもの静かな雰囲気をただよわせていて、近寄りがたい(いい意味で)。日が過ぎるにつれて、敗退した選手がどんどんいなくなるので、さびしくなります。これから始まるぞという高揚感のある初日はよい雰囲気でした。結果はこれから、未来は白紙なので、どんなことが起こるかわからない、というわくわく感が満ち溢れています。

 1週間通ったので、センターコートの隣の席にいたラファ・ファンの女性2人とバモTシャツを褒め合ったり、いっしょに声援を送ったりしたのも楽しかった。結果は、ナダルが7回目の優勝という大記録を打ち立てました。同朋ダビド・フェレールとの気迫のこもった決勝戦にはらはらどきどき、シャンパン・シャワーのしぶきがきらきら、お酒の匂いがぷーんと観客席までただよってくる。ほんとに大満足のバルセロナ旅行でした。いろいろ迷惑をかけたみなさん、ありがとう。また仕事に励みます!
(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2012.06.05更新)















 スカイツリーが開業しましたね。とはいうものの、最近のニュースで、まったく興味を引かれなかったのは、このスカイツリーと、漫才コンビのしずちゃんがボクシングでオリンピックに出られないとかいうニュース。こういうの、ニュースとしての価値があるんでしょうかね。

 スカイツリーはまったく行きたいと思いません。せいぜい、がんばって電波を送ってね、という感想しかない。しかし、子供のころはちがいました。できたばかりの東京タワーに行きたかった。でも、うちの親はぜんぜん聞いてくれず、結局、6年生くらいになってやっと友達数人で行くことを許されただけでした。つれていってもらったことはない。

 子供のころに住んでいた町は、『三丁目の夕日』ではないけれど、都電に乗ると東京タワーがよく見えたのです。都電も「いまはなき」ですね。うちは茨城のほうに工場のある小さな製造会社で、自宅が仕事場を兼ねていて、東京出張所というか、販売営業を担当していました。父はずっと家で仕事をしていて、事務員さんやお手伝いさんが住み込んでいました。

 子供が4人いて、茨城の親戚のお兄さんが下宿をしていたこともあり、そんな大家族のうえに、家で仕事をしているのだから、食事は三食10人分近い量を作らなければならず、母はとても忙しかったのです。夕食時には、オーブン式のガス釜で一升のごはんを炊きました。3時のおやつも用意しなければいけない。零細企業だから、お金のやりくりにも苦労していたようです。

 そう思うと、子供をつれて東京タワー観光なんて、とてもじゃないけど行ってられませんよね。それにつけても、スカイツリーに押し寄せる人びとはシニアが多いというではありませんか。お金とヒマのある中高年が多いのですね。まあ、ゆとりがあるのはよいことですが。

 最近ちょっと話題になったのが生活保護の不正受給問題。あれも不思議でした。芸能人の母親が生活保護を不正受給していたことに、あれほど目くじら立てる人がいるとは。

 そういう人って、自分もあわよくば働かずに楽をしたい、人がいい目を見るのは許せないと心のなかで思っているのではと、つい意地悪な見方をしてしまう。

 私が思うに、働きたい人はなにがあっても働くし、働きたくない人の尻を叩いてむりやり働かせてもろくなことにはならないのではないでしょうか。だから、どれくらい困窮しているかの審査なんてしないで、日本国民として生まれた人には一律、最低限の生活ができるだけのお金を配ったらいいと思います。いわゆるベーシック・インカムですね。最低限の生活ができても、稼ぐ人はどんどん稼ぐはずです。働きたくない人は、贅沢をいわずに、つましくのんびり生きたらいい。万が一、災難や事故にあって働けなくなっても、また高齢になって仕事ができなくなっても、最低限の生活が保障されるという安心があれば、必要以上にお金を溜めこむ必要もなくなります。たくさん稼げる人が他人の生活の面倒を見るのをいやがるという意見もありますが、本当にお金のある人はむしろ寛大なのではないかなと思います。わからないけどね。

 そんなことをふだんから思っていたのですが、どんな状況にいても働きたがる人がいるという実例を見つけました。ホリエモンこと堀江貴文の『刑務所なう。』(文藝春秋)を読みました。刑務所のなかから、日記や時事問題の感想や読書感想をメルマガで発信したものをまとめたものです。この人、スタッフが面会に行って、「何かほしいものはありませんか」と聞いたら「仕事」と答えるのです。刑務所内で作業をしていても、つい効率性について思いめぐらし、生産性をアップするにはどうしたらいいか、なんてことを考えはじめてしまう。ホリエモンの価値観や人間性はともかく、「仕事が好きな人」ではあることは確かです。

 そういう私もかなり仕事が好きです。締切のストレスさえなければ、嬉々として毎日こつこつ翻訳をするでしょう。というわけで、大著『マティス 知られざる生涯』(ヒラリー・スパーリング著、白水社)と『世界を救う処方箋』ジェフリー・サックス著、高橋早苗と共訳、早川書房)の2冊がほとんど同時に刊行されました。

 そういえば、マティスも生活のすべてを芸術に捧げたワーカホリックだし、サックスさんの主張は文明を買うために「喜んで税金を払おう」というものでした。
(のなか くにこ)





ぐるぐるくん

野中邦子(2012.07.03更新)

















 6月末締切の仕事が少し早く終わりました。やったー! 久しぶりに、あちこちの展覧会へ行きました。

 まず横浜美術館の「マックス・エルンスト展」――エルンストはシュルレアリズムの画家です。コーラージュやフロッタージュといった技法を考案し、無意識の状態にある心を表現しようとしました。自分を鳥の姿に託して、「ロプロプ」というキャラクターを作ったことでも有名です。

シュルレアリスムはコンセプチュアルなアート運動ではあるのですが、このエルンストやデュシャンなど、作品そのものの美しさに驚きます。きれいな描線やマチエールを見ているだけで、アート作品だなぁと納得してしまうのですが、同時代の人びとはそうは思わなかったんでしょうね。それを思うと、私たちがいま俗悪だの、低俗だのといっている作品が、何世代かあとの人びとには「美しい」と見なされるのではないかと思います。自分の狭い常識だけで判断してはいけませんね。

 だいぶ前に『ペギー』という本を翻訳しましたが、その主人公のペギー・グッゲンハイムは、第二次大戦でニューヨークに亡命してきたエルンストと2年ほど結婚していました。エルンストはドイツ系なので、ナチに退廃芸術家として糾弾されていたんですね。収容所に入れられますふが脱走して、命からがらアメリカに逃げてきました。お金目当ての結婚だったらしいんだけど、ペギーのほうは、ハンサムでインテリジェントなエルンストに惚れ込んでいたようです。結局、エルンストは、ペギーと別れてアーチスト仲間の美女と結婚しちゃうんだけどね。3回か4回くらい結婚していたはず(不正確ですみません)。

 美術館へ行くと、立ちっぱなしだし、意外に歩くので、疲れます。それでつい甘いものを食べたくなる。横浜美術館へ行くと、たいていカフェで一休みしつつ、このストロベリー・パフェを食べます。色彩もきれいで、大好きです。

 別の日には、マティスの『赤のハーモニー』が来ているというので、エルミタージュ美術館展へ。エルミタージュ美術館は一度行きたいな。古典からモダンまで、網羅的な展示だったので、いずれ現地へ行ってみようと思い、おもにマティスの作品を見てきました。この赤はとても美しい。テーブルクロスから壁紙まで、濃いブルーのアラベスク模様が連続しています。花びんの花や窓の外の木々も、同じような曲線で統一感があります。黄色の果実が輝くばかり。「豊饒」のイメージが伝わってきます。

 この絵の隣には、娘のマルグリットをモデルにした『チューリップと少女』もありました。マティスはこの娘が大好きで、彼女が病弱だったこともあり、すごく大事にしていました。でも、マルグリットの人間性は少しも弱くなくて、第二次大戦中はレジスタンス活動に身を挺し、ゲシュタポに逮捕され、拷問を受けても耐え抜いた強い女性でした。少女時代のマルグリットをチューリップといっしょに描いた絵はとてもやさしい雰囲気です。

 もともとロシア人のコレクター、シチューキンが買い入れたマティス作品をソビエト政府が押収し、やがて国立のエルミタージュ美術館の宝になったわけです。シチューキンの運命も厳しいもので、ロシア革命、スターリンの時代、冷戦時代をへて、マティス作品は誰の目にもふれないまましまいこまれていた時期がありました。それを思うと、いまこうして日本の人びとがマティスの傑作を見ることができるのはありがたく、また幸せなことだなとつくづく感じます。

 新国立美術館にはティーハウスとフレンチレストランがあるので、一度食べてみたいんだけど、この日は、コース料理を食べる気分ではなく、時間もなかったので、お手軽なサンドイッチのランチですませました。カフェは吹き抜けになっていて、テラス席もあり、明るい。

 それから、また別の日、世田谷美術館で開かれていた駒井哲郎展へ行きました。駒井先生には多摩美の版画教室で教えを受けました。スリムで、ダンディで、かっこよかったな。もちろん、作品も大好きです。

世田谷美術館は砧公園のなかにあり、東急田園都市線の用賀からちょっと距離があるのですが、水路に沿った遊歩道をのんびり歩いていきました。砧公園の入口には「風の門」というのがあって、大きな石を組み合わせた門がすてきです。古代ギリシャには、石でできた円形の塔、「風の塔」というのがあって、大学時代にはそれをモチーフにして銅版画をつくったのを思い出しました。ちょっとノスタルジー。

 駒井先生の作品は、精緻で、ユーモアもあり、抒情的で、ほんとうにすてきです。大好き。黒のマチエールにこだわって、技法的にもいろいろ工夫なさっていました。砂糖水を使うアクアチントの一種のシュガーチント、それと先生のいう「アプリケ」、つまり銅板の上に雁皮紙を置いて、その上からインクをのせる雁皮刷りを直接教えてもらったのが貴重な思い出です。

 世田谷美術館にもカフェがあります。昼食を食べてなかったので、クレープを食べてみました。でも、思ったよりボリュームがあり、アイスクリームと生クリームとチョコレートの味が濃厚で満腹になってしまった。 

 美術展へなにしに行ってるのかと思われちゃいますね。

(のなか くにこ)





ぐるぐるくん

野中邦子(2012.08.03更新)



 夏休みの楽しみといえば、長い小説を読むことです。この夏は、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』を読みました。ラテンアメリカの文学って、ボルヘスとコルタサルくらいしか読んだことがないのです。ずっと置いてあった本をようやくひもときました。

 夏休みのもう1つの楽しみは南の島で過ごすこと。7月に夏休みをとって10日ほど那覇で過ごし、久しぶりに離島へ行くことにしました。沖縄県の有人島には全部行きたいと思っているのですが、今回はこれまで行ったことがない南・北大東島へ行くことにしました。大東諸島は3つの島でできています。北大東島、南大東島、沖大東島の3つ。よく台風情報で、「南大東島の東××メートルを時速〇〇メートルで移動中」というのを聞いたことがあると思います。台風の進路なんですね。沖大東島は無人島です。

 南・北大東島の開拓は1900年に始まりました。八丈島の農民が遠く海を渡って移住し、苦労して開拓しました。熱帯の気候と、海上遠く離れた僻地のために開拓はとても大変だったようです。北大東島には「上陸」という地名があって、かつての開拓民が船で上陸した場所が残っています。切り立った崖の下の、荒い波がうちつける、大変な場所です。南北大東島は、海底火山の隆起したあとにできたサンゴの島なので、ごつごつした岩がつらなり、白砂のビーチというのが一つもありません。島の周囲は隆起した火山岩で、ちょうどピザの皮のように盛り上がって、ぐるりと環になっています。くぼんだ島の中心からはつらなる丘が見えるだけで、海が見えない。植生や動物も独自の種が育っているんだそうです。

 那覇から大東島までは、40人乗りのプロペラ機でおよそ1時間。南と北のあいだは飛行機で10分足らず。すぐそこに島が見えます。沖縄本島からの距離は約300キロ。島の産業がサトウキビ栽培と製糖です。北大東島には、かつて肥料やアルミの材料になる燐の採掘場と保存所、そして積出港がありました。その廃墟がいまでは一種の観光名所になっています。トンネルが何本もあり、トロッコ列車の軌道あとや、公衆浴場や住居のあとが崩れかけて残っています。

 ガルシア=マルケスの小説『百年の孤独』は、南米の架空の村マコンドの百年を描いた物語です。ジャングルを切り開いて、川辺にマコンドという村を築いたブレンディア一族の百年間。文明と切り離された小さな村で、次々と生まれ、働き、結婚し、子供を育て、死んでいく大勢の人たち。その間、戦争があり、鉄道が敷かれ、よそ者がやってきます。恋人同士は求愛し、拒絶し、嫉妬し、別れる。

 大東島の開拓もおよそ百年。マコンドがジャングルによって外の世界と隔てられた孤独だとしたら、離島の百年は海によって隔てられた孤独です。ガルシア=マルケスの文学はマジック・リアリズムと形容され、非現実が日常的に描かれる神話的な世界といわれます。そういえば、沖縄も「まぶい(魂)」を落としたり、別の世界と交感できるユタさんがいたり、蝶々のオオゴマダラが死者の魂だといわれたり、どこか南米のマジック・リアリズムに共通するところがあります。

 しかし、現実はといえば、南大東島に着いた翌日、台風7号が接近というニュースが入り、夕方から猛烈な雨になりました。那覇への飛行機が飛ぶかどうか。飛ばなければ延泊もやむをえない。翌日の昼、なんとか飛行機が飛びそうだという知らせ。台風と並行するようになんとか那覇に戻ってきました。

 これで、飛行機が飛ばなくて島に足止めされて、不思議な事件にまきこまれたりしたら、マジック・リアリズムそのものになったんですけどね。軟弱者なので、さっさと文明の地に逃げかえってきた。

 南北大東島のアルバムはこちら

(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2012.09.03更新)











 東京で暮らす利点はカルチャー関連の行事が盛んなことです。この夏もいろいろなイベントが目白押し。西洋美術館のベルリン美術館展に行ってきました。目玉はフェルメールの「真珠の首飾りをもつ少女」。この絵については『フェルメールの受胎告知』という本を翻訳した縁もあり、仕事関連としても見に行かざるをえません。ぜったいに混むということはわかっていたので、朝いちばんに美術館に着くように出かけました。それでも、8月15日というのがまずかった。お盆休みのさなかですね。美術館の切符売り場には長蛇の列、入場制限もしていました。切符はコンビニで先に買っておいたので、入口の行列に並びました。待つこと10分くらいでなかに入れました。

 会場に入ってすぐ、フェルメールの絵のところに直行。すでに人だかりがしていますが、黒山の人というほどではない。しかし、絵の真ん前に陣取って、ずーーーっと動こうとしない人って、困ります。小さな絵なので、よけい人が停滞しちゃうんですね。長い時間、絵を見るのはいいのです。『フェルメールの受胎告知』の著者シリ・ハストヴェットさんもふつうの人から見たら常軌を逸すると思われるくらい長時間、絵を眺めるそうです。でも、そういうのは常設展とか、人が注目しない絵にしてほしいなぁ。ふだんはがらがらの美術館なんていっぱいあるんだし。しかも、これだけを目当てに見にきたという人も多いみたいだし、って、自分もそうだった。

 しかし、解説にも、窓枠の上に描かれた「卵」についての言及が何もないのはどういうわけでしょう。『フェルメールの受胎告知』にはそのことが書かれています。人が押し合いへしあいするなかで絵を見るのはあまり気持ちのよいものではないですね。ひとしきり眺めたあと、入口に戻って最初から展示を見直しました。が、彫刻はパス。印象がごっちゃになるのがいやなのです。ベルリン美術館は一度現地に行ってみたいものです。

 常設展のほうの特別展示で、クラインマイスター展というのをやっていたので、それも見てきました。5センチ四方くらいの極小の版画シリーズです。展示場には拡大鏡が置いてあって、見る人はそれを1個ずつもち、線を拡大してじっくり見ていきます。こちらの展示はがらがらだったので、虫眼鏡でゆっくり鑑賞してきました。クラインというのは「小さな」という意味だそうです。。

 絵を見たあとは、カフェで一休み。お決まりのコースですね。西洋美術館のカフェでは、ケーキセットもあったけど、フルーツパフェにしました。色がオレンジでまとめられていてきれい。前庭には、いつものように白い花が咲いていて、この木は百日紅かな? 夏らしいさわやかな一日でした。

(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2012.10.06更新)










有明コロシアムの席もソル・イ・ソンブラが指定できたらいいのに……
 ペインの闘牛場で席を買うときは、日の当たる席と影になる席を指定できるそうです。日の当たる席はSOL、日蔭の席はSOMBRAです。ちなみに中間の席はSOL y SOMBRA。

 006年に邦訳が出たのでちょっと前の本ですが、カルロス・ルイス・サフォンという作家の『風の影』(木村裕美訳、集英社文庫)を読みました。この原題はLa Sombra del Viento、英語名はThe Shadow of the Wind。

 台は、内戦時代からフランコの統治時代のバルセロナで、古書店の息子ダニエルと謎の作家フリアン・カラックスの交錯する人生が描かれます。

筋書はこみいっていて、一言では説明しがたいのですが、運命的な恋、少年の成長と親子関係、裏切りと嫉妬の暗い流れが全体を貫きます。

 年の5月、バルセロナに旅行をしたので、とくに町並みや通りの描写に興味を引かれました。作品に登場するカフェ&レストランのクアトロ・ガッツ(4匹の猫)、大聖堂、ランブラス通り、レイアール広場などが出てきます。時代をへて雰囲気はだいぶ変わっているでしょうが、行ったことのある場所が出てくるのはおもしろい。

 バルセロナつながりで、ウディ・アレンの『それでも恋するバルセロナ』(原題は Vickey Cristina Balcelona)を見たのですが、この映画にもこのあいだ旅行したときに通ったグエル別邸の角の道が出てきて、「あ、ここだ!」と思ったものです。この路上で偽警官に遭遇したんだよね。

 風の影』の著者サフォンは1964年バルセロナ生まれで、ハリウッドに渡って映画のシナリオライターとなり、その後、小説を書きはじめたとのこと。若い著者ですが、運命に翻弄される恋人同士、盲目の年上の女性に惹かれる少年、石棺に隠された母子の遺体など、南米のマジック・リアリズムを思い起こさせるところもあります。

 カラックスの本を片端から焼き捨てようとする人物が出てくるのですが、「本を焼く」にかんしていつも思い出すのは「本を焼く者はいずれ人間をも焼くだろう」というハインリヒ・ハイネの言葉です。

 とはいえ、話は変わりますが、書棚がいっぱいになったので、本を整理しようとして、出てきたのが版の異なる何冊もの辞書。最近は電子辞書を愛用していて、紙の辞書はめった引きません。しかも同じ辞書の版ちがいが何冊もあっても場所塞ぎです。やむをえず、資源ごみに出してしまいました。辞書は古書店ももっていってくれないですからね。しかし、これも本を焼く行為に含まれるのかなと思って、内心忸怩たるものがあります。

 今年の7月、サフォンの新作『天使のゲーム』El Juego del Angelが出ました。これからゆっくり読むつもり。

(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2012.11.03更新)




ホテル周辺のクラシックな建物。


並木道には雑誌を売るスタンド。


静安寺付近の高層ビル。


ファンにサインをするアンディ。


peRFectの赤いTシャツ


蓮の花をかたどったセンターコート。




コートはこんな感じ。
 
 相変わらず、テニス観戦にはまっています。10月第一週は東京の有明テニスの森で開催されたATP250の大会楽天オープンに連日通いました。錦織圭君の優勝シーンを見られて感動。日本人選手の優勝が東京で見られるなんて!

 その翌週、上海でATP500の大会が開かれます。そのロレックス上海オープンへ観戦に行ってきました。ナダルが出るかもと思ってチケットを取ったのですが、残念ながら、欠場。今年いっぱい、けがの療養に励むんだそうです。はやく戻ってきてほしいな。上海には、フェデラー、ジョコビッチ、マリーのトップ3が出ます。羽田からのANA。およそ3時間のフライトですが、食事が出ました。パンダ模様の箱に入ったポッキーがついていた。中国だなぁ。中国語はまったくわからないので、とりあえずニイハオとシェシェだけおぼえておいた。

労力士でロレックス。
 しかし、中国各地で反日デモが起こり、日本人への風当たりが強い。上海へ行くといったら、みんなに「気を付けて」「なるべく日本語は使わないように」と忠告されました。こわいよ。

 泊まるのは大会の公式ホテルである上海ヒルトン。ネットで部屋の予約をしたら、ホテルからメールが来て「空港まで送迎サービスがあるけど、どう?」と。運転手付きのプリウスで空港まで迎えにきてくれるんだそうです。値段もタクシーとそれほど変わらないので、使ってみることにしました。空港では、お決まりのボードに名前を書いたユニフォーム姿の案内係が待っていてくれました。彼が運転手かと思ったら、彼はお迎えだけらしく、車のところまで案内してくれました。車のなかにはミネラルウォーターのボトルもあってサービスがよい。

 しかし、空港に降り立ったとたん、空気が悪い! 変なにおいがする。空はどんより濁っている。これは公害のせいなのか? 排気ガス? 昔の東京みたいです。治安が悪いとはいえ、上海ヒルトンは都心にあるので、ホテルの周囲はそんなに危なそうではない。ホテルに着いたとたん、アンディ・マリーが出てきたのに遭遇。入口付近には中国人のファンが待っていて、サインを求めている。チェックインする前に、思わずアイフォンで写メ。アンディ、細くて背が高くて、かっこいい! 

 上海には高層ビルが多い。ホテルの周辺には近代的なビルが林立。高速道路も走っていて、道路には自動車があふれている。でも、歩道橋のあたりにはホームレスの姿もあった。公園では、大勢の人が太極拳やウォーキングをしていて、健康志向が高そうでした。しかし、公園で、カメラのシャッターを押してもらおうとして、観光客らしい西欧人女性に声をかけたら、一瞬、そっぽを向いて無視されそうになった。話しかけてくる人間には注意とかいわれているにちがいない。アジア人として、中国人に間違われるのは当たり前のことだが、「いや中国人じゃないんです、日本人なんです」と抗弁するのもいかがなものか。差別の種子はいたるところに潜んでいるのだなぁ、と感慨深い。話は無事通じて、写真は撮ってもらえたけどさ。
 
ホテルの朝食はビュッフェ形式。西欧スタイルのパン、オムレツ、ハム、チーズ、シリアルなどのほかに、中国らしく、お粥、麺、小龍包、焼きそば、豆腐などもがあった。たくさん食べられないのが残念ね。生野菜というのが少なかった。とはいえ、帰国してから、軽くおなかを壊したんだけど、なにか野菜か果物のせいだったのかも。水は用心してボトルしか飲まなかったんだけどね。

 いちばんの難関はホテルから会場までが遠いこと。ヒルトンから送迎バスが出ていたので便利ではあったのですが、それでも一時間くらいかかる。外国のプレス陣たちと同乗でした。選手たちは個々に送迎の車があります。渋滞もあるし、道路があまりよくないので揺れる。ホテルから出発すときはいいんだけど、帰りのバスが何時にどこから出るかの案内がなく、右往左往して、顔見知りになったプレスの人たちのあとをついて歩きました。送迎バスではなく、自力でホテルと会場の行き来をするのはとても大変そう。宿泊料は高いけど、公式ホテルにしてよかった!(選手にも会えたし)

 会場入口では荷物チェックもありました。厳重警戒。というのも、ネット上でフェデラー暗殺予告があったから。フェデラーはいつも黒服のガードマンに囲まれていて、ベンチのすぐ後ろにも立っていた。やりにくいだろうな。犯人はすでに名乗り出て、いたずらだったといってましたが。中国人は……と、一般化してはいけないんですが、プレイが始まっても席につかずにざわざわしていたり、好きな選手を応援するあまり、相手がミスすると喝采したりするのがちょっと気にさわった。よくいえば、感情を素直にあらわし、願望の追求にひたむきということでしょう。悪くいえば、行儀が悪い、気配りがない、傍若無人。ものごとには表裏があるからね。しかし、中国人のエネルギーを目にすると、こりゃあ日本は負けるわ、と思ったのでした。中国でのフェデラー人気はものすごく、あたりをはばからぬ大声援でした。思わず対戦相手の選手に声援を送ったら、じろじろ見られちゃったよ。

 センターコートは高いところにあって、堂々たる大きな階段を上っていきます。バリア・フリーじゃないねーと話したのですが、いっしょにいった友人は「紫禁城の大階段みたい」といってました。なるほどー(こけおどしなんだよ!)。センターコートの内部は、天気がよいと日光がさんさんと降り注いで、観戦中は暑くてたまらない。それが夜になると、急に冷え込んで、ひゅーひゅーと風が吹き付け、さむーいと震えあがる。日除け対策(日傘、つばの大きな帽子、日焼け止めクリーム、サングラス)、暑さ対策(せんす、うちわ、汗ふきのタオル、ペットボトルの水)、寒さ対策(ストール、ホッカイロ、厚手の上着)、腰痛対策(硬いベンチに敷く座布団、湿布)、応援グッズ(国旗やメッセージボード)、おやつ各種、サインがもらえそうなときのための選手の写真、筆記用具、一眼デジカメにコンデジにアイフォンにポケットwifiに充電池……なんという大荷物! 
夜になると場内はライトアップ。
 ずっと天気がよかったので、センターコートの屋根が閉まるところは見られなかった。夜になると、照明がきれいです。たった3日間でしたが、中国は初めてだったので(大昔に香港へ行ったけど)いろいろとおもしろかった。本で読んだり、映画を見たり、西欧文化はなんだかんだ馴染みがあるのだけれど、中国についてはほとんど知らないので新鮮でした。もっと勉強しないとね。
(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2012.12.03更新)




『天使のゲーム』





『螺旋』





『ボルベール〈帰郷〉』
 このごろスペインづいています。11月のこの欄で書いた『風の影』の続編、『天使のゲーム』(ルイス・カルロス・サフォン、木村裕美訳、集英社文庫)を読みました。『風の影』よりも時代はさかのぼり、『風の影』の主人公だった古書店の少年ダニエルの祖父と父が重要な役割をはたします。ゴシック的な雰囲気がさらに濃くなって、バルセロナの町の暗い一面が描かれている。氷に封じ込められた美女のイメージも鮮烈です。

 もう一冊はこのサフォンよりさらに若い世代のサンティアゴ・パハーレスの小説『螺旋』(木村榮一訳、ビレッジブックス)。スペイン語教室の先生に勧められて、なかなか読みはじめられなかったんだけど、読みだしたらすごく引き込まれて、ほとんど一気読みでした。この作品も「本」が重要な役割を果たしていて、タイトルの「螺旋」もある匿名作家が書いた傑作小説の題名という設定です。

 担当編集者さえ正体を知らない謎の作家から、定期的に長編小説の原稿が送られてきて、それがすばらしく面白い。その本がベストセラーになったおかげで出版社は大儲けをした。ところが、最後の巻になるはずの原稿が届かない。このままでは出版社はつぶれてしまう。というわけで、この謎の作家の居場所をつきとめ、作品を完成させるという重大な任務をおびて、若い編集者がピレネー山麓の小さな村まで出向き、村人のあいだで奔走する。ファンタシーの要素もありながら、夫婦や隣人や若者たちがまるで螺旋のようにつながりあって、ひとつの円環をなすという一種の群像劇です。読後感がさわやかで、作者が20代でこれを書いたとはとても信じられない。とても気に入りました。  

 それから、DVDでアルモドバルの『ボルベール 帰郷』を見ました。スペイン語を習いはじめたので、ボルベールが「帰る」という意味だということもちゃんとわかるよ。主演はおなじみペネロペ・クルス。墓を掃除する場面から始まっていて、最初からアルモドバル節全開。この夏、ペネロペ・クルスのデビュー作『ハモン・ハモン』を見ていたので、くらべるとずいぶん大人になったなぁという感じ。あいかわらずきれいで、迫力があって、いい女ぶりです。  

 アルモドバルの映画らしく、ここでも女性たちが主人公。美人で気が強いライムンダ(ペネロペ)とその娘。ライムンダの姉は男運が悪く、気が弱い。姉妹の母(4年前に焼死した)と、ライムンダを育ててくれた、いまは認知症ぎみの伯母。伯母の世話をしてくれる幼馴染の女性、その妹(マドリードでTVタレントをしている)、この姉妹の奔放な母親は数年前に家出して、行方がわからない。そしてライムンダのレストランを手伝う近所の娼婦や主婦たち。  

 女たちはたくましい。男はほとんど添え物です。ライムンダの娘と義理の父のあいだに事件が起こり、認知症だった伯母がなくなり、そして、母親のゴーストがあらわれる……ネタバレになるので、これ以上くわしくは書きません。アルモドバルの描くスペインらしさは冒頭の墓石磨きから、ライムンダのうたう歌、ちゅっちゅっと音を立てるキスの挨拶などに山盛りである。でも、初期のような奇抜さはなくなって、万人受けするストーリーになっている。そこはかとないユーモア、奇想天外なストーリー、色っぽいライムンダが作るおいしそうな料理……重いストーリーにもかかわらず、人生はこんなものさという諦念と希望が伝わってきて、後味は悪くない。
(のなか くにこ)