【ぐるぐるくん】バックナンバー 2015年  野中邦子(のなか くにこ)   

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ぐるぐるくん

野中邦子(2015.01.03.更新)








新年早々、手抜きですみません。本年もどうぞよろしく!
(のなか くにこ)









ぐるぐるくん

野中邦子(2015.02.04.更新)





 2月3日は節分でした。

 近年、関西からきた恵方巻きがブームですね。私の若いころはまったく聞いたこともなかった。

 大阪の遊郭の遊びがもとになった習慣のようですが、寿司業界とコンビニのマーケティングが成功したのだともいいます。丑の日にウナギを食べるというのが平賀源内の考案したアイデアで、それをまねたのだとか。

 しかし、ここまで世に広まるのには、また別の要因があったように思います。

 うちの母もよくいっていたのですが、毎日の食事づくりは面倒ではあるけれど、いちばん厄介なのは献立を考えることだ、と。世間の主婦たちも日々の献立を考えるのに頭を悩ましているんだと思います。

 「今日なに食べたい?」と訊いて
 「なんでもいい」と答えられるのがいちばん困る。

 節分の日は太巻き、と決まっていれば、それだけ思い悩むことが減ります。しかも、自分で作るのではなく、コンビニで買えるのですからね。主婦にとってはこれ以上ラッキーなことはない。

 太巻きはとりたてて日常的に食卓にあがる献立ではない。小さい子でもいたら、運動会か何かに作るかもしれない。でも、大人になると、なかなか食べる機会がない。いざ食べてみると、最近の太巻きは海鮮巻きとか焼肉巻きとか、種類もいっぱいあって、意外においしい。ああ、この世には太巻きというものがあったのだ、と思い出させてくれる。そういう意味で恵方巻きはいいと思う。

 だけど、どこかの方角を向いて立ったまま一本丸かじりするというのは断固拒否します! 
(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2015.03.04.更新)













 コレクター……モノを集めるのが趣味の人っていますよね。これまでまったくモノ集めの趣味はなかったのに、最近、集めるようになっちゃって。なにを? 「ねこ」を。

 iPhoneのアプリ「ねこあつめ」でニャンコを集めています。かわいい!

 庭先に餌や遊び道具を置いておくと、いつのまにかニャンコが集まって遊んでいます。それを写真に撮って、あとから眺めてはにやにやしたり、同好の士に見せてきゃぴきゃぴしたり、というだけのアプリです。なんの役にもたたない。でも、笑顔になれるという効果は、殺伐たる事件ばかりの昨今、すごく貴重かもしれません。

 ところで、先日はお友達の家にお邪魔して本物のニャンコと遊んできました。ピアノの上にすわるヴィゴ。両手先に白手袋をはめて、とてもお上品なお坊ちゃまです。

 しかし、Curiosity killed the cat という諺もあります。なにかに目を引かれて、思わず左手を出しそうになった瞬間。写真の手がブレています。でも、大丈夫、ひっかかれなかったよ。

 ヴィゴの兄弟のオーリー。完全な野良猫だったのが、ある日、自分から家に飛び込んできて家猫になったという変わり種。兄弟のヴィゴが幸せそうなのを見て、がまんできなかったのでしょうね。すごくシャイで、この日も自分の居場所のある部屋から出てこなかったんだけど、そばにいって撫でてやると抵抗せずに耐えているという不思議な猫ちゃん。

 茶と黒、色がちがうだけで2匹のニャンコそっくりです。

 アンダルシアの街角で撮ったニャンコの写真をおまけにつけておきます。たしかマラガのピカソ美術館のそばでした。ニャンコの暮らしぶりの自由さは世界共通ですね。

 ニャンコといえば、最近読んだ西加奈子の「しずく」は、2頭の猫によって飼い主の男女の生活が語られる。記憶力もなく論理性もない猫のとぼけた語りがとてもユーモラスで面白かった。

 前にも書いたかもしれないが、高校のときの友人たち数人で、現代国語の担任だった先生をかこみ、2か月に一度集まって読書会をやっている。その課題本がこの短編集『しずく』だったのだ。この日、友人の1人が始まる時間を勘違いしていて40分ほど遅れてくることになった。その一方で、ちょっとした行き違いのため、当日まで先生に本が届いていなかった。そこで、友人が到着するまで、短編集の表題作である「しずく」だけでも先生に読んでいただいたらどうかということになった。しかし、みんながいるところで黙々と読むのもなんだし、で、けっきょく参加者が順番に読み上げて先生に聞いてもらおうということになった。本の朗読なんて、高校のとき以来だ! 

 それが意外に楽しかった。音読することで、細部がよけい印象深くなり、さっと読んだだけではわからないニュアンスが感じられた。しかも友人たちのなかには教師をしていた人もいて、やはり先生は発声がいいなぁ、ということもわかった。

 ちょうど一篇を読み終えたところに友人が到着して、めでたし、となったのでした。
 次回は朝井リョウの本を読みます。
(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2015.04.03.更新)




Woo by Landon MacKenzie


Red Cedar by Emily Carr


Indian Raven, Yan by Emily Carr


もと裁判所だった建物
 ヴィクトリア(カナダ、ブリティッシュ・コロンビア州)生まれの画家エミリー・カーの名前は初めて知った。そもそもカナダについて何を知っているかといったら、ほとんど何も知らない。バンクーバー美術館は思ったより小ぢんまりしていて、4階建ての建物の中心に吹き抜けがあり、その周りにぐるりと一層のギャラリーが取り巻いているだけのスペースだった。

 4階では企画展をやっていた。『エミリー・カーとランドン・マッケンジー:ウッドチョッパー・アンド・ザ・モンキー(木こりと猿)』

 エミリー・カーは1871生まれ、1945年没、ヨーロッパで絵を学んだ経験もあるが、生まれ故郷のカナダ先住民のアートにインスピレーションを受けた。当時、女性が芸術家として生活するのはとても困難で、とくにポスト印象派やフォーヴの影響を受けた彼女の作品はなかなか世間に受け入れられなかった。そこで、陶芸に手を染めたり、ドッグブリーダーをしたり、下宿の管理人をしたりして生計を立てなければならなかった。

 ランドン・マッケンジーは現代の画家で生年や経歴は不詳だが、色鮮やかなドットや色面で構成された抽象画の大作を描いている。だが、この企画展では抽象画ではなく、やはりフォーヴや抽象表現主義を思わせる荒々しいタッチの具象画が出展されていた。

 タイトルのウッドチョッパーとは、森のなかで斧をふりあげて木を切る裸の女性を指し、モンキーのほうはエミリー・カーがかわいがっていたペットの猿をあらわしている。この「Woo」という作品は、カーが猿にドレスを着せていたというエピソードに着想を得てマッケンジーが描いたもの。
Woodchopper by Landon MacKenzie
 ウッドチョッパーからは、女にとって障害だらけの生きにくい世界を切り開こうとするパッションがあふれている。カーが主題にした先住民族の神話、トーテムポールにも刻まれている大烏からも沈黙の抗議が伝わってくる。

 うっそうとした森の情景には人間の営みを卑小なものに見せてしまう自然の狂暴ともいえるパワーがあふれている。自然は人を癒すかもしれないが、同時に人間にたいして強い拒絶をも示す。

 大きな樹木や岩の絵を見ていたら、ジョージア・オキーフの作品を連想した。オキーフも画家としては一人立ちできず、図案画家になったあと、テキサスの僻地で美術教師になった。スティーグリッツに見出されなければ一生無名のままで終わっていたかもしれない。エミリー・カーには、結局スティーグリッツのような支援者はあらわれなかった。

 ランドン・マッケンジーはこう言っている。「ウッドチョッパーとは男性を指す言葉であり、アーティストも同様である。エミリー・カーと私は、生きた時代は違っても、同じ経験を味わっている」

 男の感性で世界を見ていたら、女のルサンチマンといって片づけられてしまうかもしれない。だけど、現実に差別やハラスメントはそこにある。アーティストに「女性」とか「女流」とかいう言葉がつかなくなるまで、斧をふるいつづけるしかないね。
(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2015.05.01.更新)




曇り空の下の表慶館


上野公園の花見提灯



マサラドーサ(アンドラ・キッチン)


トーハク君とユリノキちゃん
見仏(見物ではない)好きの友人が「インドの仏はギリシャ彫刻みたいだ」といっていた。

桜の花も散りかけの上野へ『インドの仏展』を見にいってきた。会場は国立博物館の表慶館。この建物は雰囲気があってすてきです。昔は考古学の展示があってアンモナイトなどを見た記憶がある。  

 たしかに均整のとれたすらっとした体型で、腰がほっそりとくびれた立ち姿など、アルカイック期の彫刻を思わせる。顔も鼻が高く、二重瞼がくっきりとして西欧風。そういえばインド人の顔も彫りが深いのだった。

 昔ネパールを旅したとき、インド人の赤ちゃんが乳児のくせに鼻が高く、彫りが深くて、しかも耳にピアスをしていて、違和感大ありだったのを思い出す。「日本人の赤ちゃんのへんぺいな顔はなんて可愛いんだ!」と思ったものです。

 ミニチュアみたいに小さな仏様がびっしりと隙間なく彫りこまれているパゴダなどもあって、日本人の感性とはちがうなとつくづく感じた。

 仏教については、手塚治虫の『ブッダ』、同じくマンガの『聖お兄さん』、それに法事のときにお寺で聞く法話で聞いたことくらいしか知識がなく、まったく馬の耳に念仏状態ではあったのだが、建物の雰囲気とエキゾチックな仏像で満足できました。

 ついでに時間があったので、本館で開催中の『みちのくの仏展』も見ることにした。東北の寺院から運んできた有名な仏像の展示で、数はそれほど多くないが、こぢんまりして、なかなかよかった。木彫のものはいかにも日本的な穏やかさを感じる。円空仏もいくつかあったが、後年の荒々しさはまだなく、伝統を踏襲している感じ。

 なかには東北大震災で倒壊したり、破損したりした仏様もあった。人間だけではなく、さまざまなところに被害は広がっているのですね。ネパールで大地震があったばかり。レンガを積んだだけの家や木造家屋は崩れやすいだろうなと思う。なんとか被害が小さく収まることを願っています

 インドから中国経由で日本に伝わった仏教だが、それぞれの国で独自に発展しているのが面白かった。思想や芸術というと、ついコンセプト重視になってしまいがちだが、その背景、その基盤には、人びとの日々の生活があるんですね。赤ちゃんの顔の彫りが深いか、平たいかで、美観や人生観は変わる。

 展覧会を見たあと、御徒町の南インド料理店へ。

 せっかくだから桜の花を見ながら上野公園を突っ切っていったのだが、外国人観光客のあいだで上野の花見がすっかりブームらしく、ツーリストらしきグループが大勢いた。中国人らしいカップルや家族連れは、セルカ棒を使ったセルフィー撮影で大盛り上がりだった。うーん、やっぱりちょっと桜の花にはそぐわないセルカ棒。ちなみに、今年のウィンブルドン選手権の会場では「セルカ棒禁止」に決定だそうです。

 最近、ナンのかわりにドーサがはやりらしい。クレープのような生地をカリッと焼いて、なかに炒めたジャガイモなどをくるんで食べたり、スパイシーなソースにつけて食べたりする。南インドでは朝や昼に食べるらしい。この日はジャガイモ入りのマサラドーサを食べた。マイルドな味でとてもおいしい。
(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2015.06.16.更新)



洗濯船

モンマルトル博物館


若き日のピカソ


スザンヌ・ヴァラドンのアトリエ


洗濯船のある広場
 モンマルトルへ行ってきた。

 いまピカソ関連の翻訳をしているので、パリへ行ったついでにモンマルトルを少し歩いてきた。ピカソが若いころに住んだアパルトマン、通称「洗濯船」(バトー・ラヴォワール)は見ておかなくちゃね。朝は雨が降って寒かったが、昼過ぎには晴れてきた。洗濯船は入口にガラスのショーケースがあって説明があるものの、中には入れない。周囲もこぎれいに整理されていて昔の面影はなくなっている。ピカソがフランソワーズをつれていったという裏手の道へ行ってみたかったが、それらしいものは見つけられなかった。  

 モンパルナスの坂道や階段はやはりそうとうきつくて、歩いて登るのは大変だった。丘の頂上付近にモンパルナス博物館というのがあり、そこもじっくり見てきた。

 ウェブの情報には入館料が高いわりに面白くないという意見があったのだが、興味の有無でだいぶちがうらしい。私にはすごく面白くて、内容豊富で何時間も楽しめた。モンパルナスに住んだ芸術家のことだけではなく、モンパルナスという土地の歴史、発展のいきさつ、革命との関係、キャバレーやポスターなどサブカルチャーとのかかわりなど、テーマも多岐にわたる。モンパルナスで唯一というブドウ畑も隣にある。ゴッホが絵に描いたことで有名。いまでもこの畑で採れたブドウからワインが作られて、オークションで売られているんだそうだ。稀少価値で高値がつくらしい。むかーしここに来たときは、博物館もなくて、ちいさなぶどう畑だな、と思っただけだったが、いまはとてもきれいに整備されていて、畑のまわりにはいろいろな花がきれいに咲き乱れていた。
ぶどう畑
 かつてここに住んでいたスザンヌ・ヴァラドンのアトリエが再現されていて、当時の若い芸術家たちの写真もたくさん。ピカソの写真もあった。若いころのピカソはハンサム! 

 モンマルトルはかつてはパリ市外にあり、家賃や生活費が安くあがることから、貧乏人の集まる地域だった。やがて革命家や反抗分子が住み着いて反乱の温床になり、スラムと化していた「マキ」のバラックがパリの都市整備にしたがって取り壊され、コミューンの舞台となり……と歴史的にもユニークな土地だ。しかし、いまは完全に観光地化していて、土産物屋やカフェが軒をつらね、観光客が行き来する。テルトル広場にいる画家たちも観光客向けのお土産用の絵を描いている。もはや革命的な思想の揺籃にはなりえないと実感する。

ラパン・アジル
 芸術家たちが集まったキャバレー、ラパン・アジルも見物人が眺める場所になってしまっている。野心と活気にあふれた若者の溜まり場ではもはやない。

 先日、モンパルナスの若い芸術家たちについて書かれた本を読んで、邦訳の企画書を書いたばかりだったのだが、こうして現地を自分の目で眺めると、もはや過去の栄光を切り売りする場所になっていて、リアルな現場ではなくなっていることがよくわかる。過去に学ぶことはもちろん必要だが、そしてノンフィクションの本というのは過去に学ぶ最たるものではあるのだが、こうして観光地化しているモンマルトルを見ると、昔のことはさておき、いまこの時代の活気ある現場はどこにあるのだろう、後世に残る芸術家や思想家たちのいまの活動こそ知りたい、という気持ちになってくる。モンマルトル本の企画がボツになったのも当然かなぁと思えてくるのだった。
(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2015.07.02.更新)



コート・フィリップ・シャトリエ

コート1


コート・スザンヌ・ランラン


左ナダル、右ボロトラ


ウォーホル作『クリス・エバート』



かわいらしい案内係



通路に置かれた観戦用チェアで


センターコートのボックス席
優雅なロランギャロス観戦

 テニス全仏オープン(通称ロランギャロス)のチケットはお高いのですが、すぐに売り切れになってしまいます。買えたとしても、安い席ではアルプススタンドのような高所の席になってしまって、双眼鏡がないと顔も見えません。せっかくライブで見るんだから、なるべく近くでみたい! 

 そうなると、いろいろとおまけのついたVIPチケットを買うはめになります。清水の舞台から飛び降りたつもりで、パソコンのボタンをぽちっとします。

 どんなおまけかというと、まず入り口がちがいます(並ばないですむのはいいんだけど、ゲートの場所が遠いのが難)。入口にはラウンジがあり、記念の雑誌が無料でもらえます。受付のお姉さんが手首にチケット代わりのリボンを巻いてくれて、これを見せるとVIPチケットの人だけが入れるバーが利用できます。シャンパンでもビールでもワインでも飲み放題。食べ物もお酒のつまみになるタパス、パン、フルーツ、スイーツやコーヒーも無料です。食事代がうく、というわけですが、難点は椅子がないので、立って食べなくちゃいけないこと。それに人が多いと(とくに前半週は)混雑すること。でも、バーのなかは冷房がきいているし、テレビで進行中の試合が見られ、トイレもすいています。

シャンパンとタパス
 席の種類によってはお土産をくれます(今年はパナマ帽。これまでタオル、バッグ、傘などをもらった)。バーの場所も何種類かあって、センターコート(フィリップ・シャトリエ)の地下のほかに、スザンヌ・ランランの地下、それにちょっと離れた裏手にもバー&レストランがあります。テニスの大会では、前日にならないと誰がどこのコートで試合をするかわからないので、お目当ての選手がチケットをもっていないコートに決まったりすると慌ててチケットを買いに走ります(じっさいには走らない)。スマホやタブレットでviagogoという公式のチケット販売サイトをチェックし、ほしいチケットがあったら即購入……これでまた大枚をはたくことに。

 今回は初めてボックス席を買いました。コートサイドの区画分けされた席で相撲の升席みたいなもの。20席くらいあるシートは早い者勝ちです。グリーンのカバーがかかっていて、クッションもついている。坐り心地いいわー。

 センターコートのフィリップ・シャトリエと二番目に大きいコート・スザンヌ・ランラン、三番目に大きいコート1(この3つをショーコートという)はそれぞれチケットを買わなければいけません。それ以外の外コートは、ショーコートのチケットで入れます。外のコートだけ見たい人には、外コートだけ入れるアネックスというチケットがあります。とはいえ、外コートは満席になっちゃうと、誰かが出てこないと入れない。だから、入口には行列ができます(だいたい観覧席が小さい)。それに、テニスはプレイ中は客席の移動ができないので、プレイが中断するまで待たなければいけない。入れ替えにもなかなか時間がかかるのです。

会場内のコンビニ式売店

 コート1とコート・フィリップ・シャトリエのあいだには、四銃士広場があります。フランスで活躍した4人のテニス選手を四銃士と呼ぶのですが、その4人の彫像が円形の広場に立っています。中心には彼らが何度もフランスに優勝をもたらしたデビス・カップが飾られている。コート1の壁に巨大スクリーンがあるので、この広場に寝そべったり、坐りこんだりして、スクリーン観戦する人も大勢います。気持ちよさそう! 決勝のときには、この広場にクッションが並べられるんですよ。ランランの壁にも大きなスクリーンがあり、決勝の日にはランランとシャトリエを結ぶ通路にイスが並べられます。そういう雰囲気がほかの大会とちがう、いかにもグランドスラムって感じなのです。いわばお祭り気分といいましょうか。

 会場内で売っている飲食物はやっぱり値段が高めで、ミネラルウォーターのボトルが3.5ユーロくらしします。コーヒーのほうが安くて、1ユーロとか1.5ユーロ。コンビニ式のセルフサービスのお店は便利に使えます。食事はバーでまかなうか、家からサンドイッチをもってきたり、会場外のお店でクロワッサンなどを買ってきたり、ホテルに滞在中は朝のビュッフェからパンやケーキなど少しいただいてきたりしたので、会場内ではだいたいおやつか飲み物を調達。今年は塩味のポップコーンがなくて、キャラメルがけのポップコーンしかなかったのが不満だったな。
トロピカーナのお姉さん
 会場内にはいろんな企業の宣伝ブースがあって、ジュースのトロピカーナでは毎日ジュースの試飲ができます。よく通いましたが、ブースのお姉さんに頼んでブリ子とのツーショットを撮らせてもらいました。かわいい!

 会場の案内係は男女ともみんな美形です。ユニフォームのデザインは今年はヨージヤマモトとのコラボだそうで、黒の服にアクセントのトロピカル調の花模様がとてもおしゃれ! それも写真に撮らせてもらいました。 

 テニス・ミュージアムでは、テニスの歴史を紹介する展示があります。ウェアの変遷をたどった展示では、四銃士時代の白い長ズボンに白いセーター姿と、初めて見た人にとっては衝撃的だったナダルのバミューダショーツ姿が並んでいました。クリス・エバートを描いたウォーホル作のシルクスクリーン版画もあり、テニス選手がセレブになりはじめた時代を思わせます。

 今回はテニス観戦のほかに、オペラ座でバレエを見たり、フォンテーヌブロー城を見学したり、美術館にもいろいろ行かれて、すごく優雅かつ充実した観戦ツアーで大満足。ただし、6月末にクレジットカードの引き落とし通知が来るまでは……金額を見て一瞬青ざめましたが、まあ、病気もけがもせず、何も落とさず、盗られもせずに無事帰って来られたのだからよしとしよう。 
(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2015.08.04.更新)



夏空のイメージ



 天気

(覆された宝石)のやうな朝
何人か戸口にて誰かとさゝやく
それは神の生誕の日。
 夏の初めになると、空が晴れわたり、入道雲が真っ白に輝いて、なんとなくこの詩が思いだされる。西脇順三郎の詩「天気」は高校の現代国語の教科書に載っていた。

 誰かも書いていたけれど、私がこの詩に抱いていたきらきらするイメージは宝石箱をひっくり返したシーンだった。ところが、じつは「箱」ではなく「宝石」なのだ――宝石をくつがえすってなに? と思って、ネットサーチしてみたら、キーツの作品からの借用だった。

 ひとりの老人が魔術的な力により一瞬で美しい若者の姿に変貌するという場面だそうだ。下に向けて伏せていたものを……ということはたぶん石を台座にはめたものなのだろう……そのジュエリーを上向きにしたときの輝き。

 なんか私のイメージしていたのと違う。
 夏の初めの日というイメージだったんだけど、もしかして梅雨明け? そうなの? いや、それでも夏の始まりという意味で合ってはいるか。

 そしてこの詩はもともと英語で書いたものを作者自身が日本語に翻訳したものらしい。
 もとの英語の詩はこちら。
Weather

On a morning (like an upturn'd gem)
Someone whispers to somebody in the doorway
This is the day a god is born.
 someoneとsomebodyを使いわけている。そのニュアンスの違いは私にはよくわからない。

 ネットを見ていたら、タフツ大学のホセア・ヒラタ氏による「西脇順三郎の詩と翻訳」と題するおもしろいエッセイを見つけた。2001年5月19日、明治学院大学記念館で開催された公開講座「西脇順三郎の詩と翻訳」に基づくものだそうです。そこに翻訳について次のような一節があった。
翻訳を英語ではtranslation というが、そのラテン語の語源を調べると、trans latus と出ている。そしてその意味はcarry acrossとあり、ある距離を横切って渡るということになると考えられる。要するに、三途の川を渡す、渡り船のようなものだ。翻訳はその渡り船の船頭ともイメージすることができる。船に乗った人間を異界に導く役割を持った者。
 三途の川の渡し守か。あまり喜ばしい存在ではないね(笑)。

 『読書礼讃』(アルベルト・マンゲル著、白水社刊)によれば、「移行を意味するtranslation(ラテン語のtransferrから派生した)という単語は、聖遺物をある場所から別の場所に移すことを意味した。ときには、そのような移動は違法行為でもあった」という。

 どちらにしても、translationの起源となったラテン語に距離的な移動のニュアンスがあるのは面白い。ひとつの言語をもうひとつの言語に置き換えるについては、ある場所(故国)から別の場所(異国)への移動がつきまとったのだから当然といえば当然だが。

 それと同時に、一冊の本を翻訳するときの感覚的な「移動」にも通じるものがあると思った。とにかく、海外のノンフィクションには長大な作品が多い。一冊まるまる翻訳するには何か月(へたしたら何年)もの時間がかかるのだ。最初のページから巻をおくまで、まさにひとつの「旅」といってもいい。

 ちなみに、「天気」の英語版ではgodにaがついているから、ユダヤキリスト教的な唯一神ではなく、ギリシャ風多神教の神なんですよね。ほんと翻訳ってむずかしい。
(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2015.09.07.更新)




国会議事堂正門前


配られていた紙のメッセージボード


ラファを応援




SEALDSの風船の真下で

やっと少し涼しくなったと思ったら、体調を崩してしまった。くらくらとめまいがして頭が重い。かかりつけの医者に診てもらうと、浮遊性のめまいで、休めば治るとのこと。ストレスと睡眠不足が原因だというが、ストレスはともかく、睡眠不足には思い当たるところが大ありだ。テニスの全米オープン、開催地がニューヨークなので時差がマイナス13時間、深夜から明け方の観戦になる。インターネットや衛星テレビのせいで夜中でも観戦できてしまうのがいいのか悪いのか。

 しかも、8月は仕事をすると前から決めていて、ほぼ休みなしの一か月だった。お盆休みはこまごました連絡もなく、世間も静かで、仕事に専念できてよいのだ。フリーランスなので人が遊んでいるときに仕事をするというのが身についている。おまけに、いま取りかかっている仕事が自分の興味のどまんなかで面白くてたまらない。気持ちとしてはどんどん先に進みたいのに、残念ながら体のほうはついていかない、ということらしい。

 ペース配分はむずかしいです。

 そんな夏ではあったが、国会前には何度か行った。安倍自民の横暴なやり方に少しでも異議を唱えたいからだ。憲法違反のゴリ押しにはほんとうに腹が立つ。アメリカ一辺倒の政策にも首をかしげざるをえない。  

 原発再始動についても、責任は政府が取るなどといっているが、福島の原発事故の後始末さえまだできていないのに、どうやって責任を取るというのだろう。原発促進のかげには大企業の原発輸出の欲求がある。武器輸出もしかり。  

 労働法の改悪、金持ちや企業を優遇する一方で老人や貧困への福祉の縮小、言論統制など、疑問だらけだ。将来が危ぶまれる。

 現地で紙のメッセージボードを配っていた。ブルーのほうに「九条壊すな!」、反対側の赤いほうに「戦争させない」と書いてある。その色といい書体といい、マドリードオープンで配っていた選手への応援メッセージボードにそっくり!   

 9月に入って、めまいと頭痛のためにまる2日間寝込んでしまい、8月に稼いだ分がちゃらになってしまった。やはり、週に1日か2日の休みは必要なようだ。日々、少しずつ積み重ねるのがいちばん。
(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2015.10.03.更新)











このカバーに描かれたランプ






 小説は時代を越えられない。とくに奇想天外な設定は、往々にして時代がかわると陳腐なものになりかねない。

 1986年に出た『宇宙のウインブルドン』(川上健一著、集英社)もそんな本だった。

 17歳の高校生、宇宙(うちゅう)は、恵まれた体格からくりだす強烈なサーブで日本選手権を勝ちあがり、ウィンブルドンに出場する。サーブの威力は抜群だが、サーブの練習しかしてこなかったので、リターンはまるでできない。ラリーをする気もない。そんなアマチュア選手がプロ選手相手に勝ち上がっていく「痛快な」物語……いや、ぜんぜん痛快じゃない! 

 恵まれた体格というけれど、188センチ78キロって、いまでは平均的な数字だ。ナダルは身長185センチ、体重85キロ。サーブのスピードだって、ラオニッチやカルロビッチのサーブは230キロを超える。身長はラオニッチが2メートル近く、カルロビッチは2メートルを超えている。そんなものすごいビッグサーバーでさえ、なかなか勝ちあがれないのがプロテニスの世界だ。

 また、奇想天外な設定というのは、キャラクターに説得力がなければいけない。なぜそんな強烈なサーブが打てるのか、山の中にこもって地獄の特訓をしたとか、魔球を伝授されたとか、たとえ突拍子がなくても、読者が納得する理由づけが欲しい。ところが、この宇宙はひたすら壁打ちをつづけてきた……だけなのだ。そんなの誰だってするわ!(笑)

 そもそも、まるでリターンをする気がないとしたら、試合放棄と見なされるはず。それに登場するプロテニス選手がジョン・マッケンゾーとかヤニクイ・ノラとか、実名を茶化したような名前になっているのも、ユーモアのつもりかもしれないが、まるで笑えない。

 一方、いかにもマンガ的な荒唐無稽な設定でありながら、専門の学者たちから絶賛されている作品もある。『黒博物館 ゴーストアンドレディ』(藤田和日郎、モーニングKC)。近代看護学の祖といわれる有名なフロレンス・ナイチンゲールが主人公なのだが、人間にとり憑いた生霊(いきりょう)は出るわゴースト(幽霊)は出るわナイチンゲールがぶっとんだ性格でゴーストに「自分をとり殺してくれ」と頼んだりするわ、で、じつに常識を裏切る設定となっている。

 しかし、クリミア半島の野戦病院の描写など、史実にもとづいてきちんと描かれている。歴史的な正しさを誇示するのではなく、当時の戦場の状態や軍隊のあり方など、読む者にわかりやすく、とても説得力がある。史料を読みこんでいるにちがいない、と思わせる。

 その一例が、ナイチンゲールのもつランプ。夜中にランプを手にして病室を見回ったことから、「ランプの天使」とも呼ばれるナイチンゲールだが、そのランプが西洋風ではなく、ちゃんと現地のトルコ式ランプになっているのがすごいと専門家が評価しているのだ。

 そういう細部ひとつをきちんと描くかげに、どれだけ膨大な史料渉猟があったことか。物語はグロテスクな生霊や凄惨な戦闘シーンに拒否反応を抱く人がいるかもしれないが、気の抜けた陳腐な作品という批判だけはけっして許さない濃密なものになっている。しかも、ひとりの兵士の独白として、「自分は命令されたことをしただけだ」というセリフがあり、人が自分で考えることをやめたときの大きな不幸が訴えられている。いまの日本の社会を憂えるようなセリフではないだろうか。

 ひとりの漫画家の志(こころざし)の高さと本気を感じさせられた。
(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2015.11.07..更新)
















 テニスの楽天JAPANオープンに行ってきました。世界のトップテニス選手が東京に来てくれるのは、年に一回のこの大会だけ。同時期開催の北京大会にはナンバーワンのジョコビッチや、人気のナダルなどが出場していて、それにくらべるとしょぼいなどと言われますが、でも、東京だってそうそうたる顔ぶれです。

 イケメン選手も大勢。女子のあいだで人気が高いフランスのジル・シモン(左上)、濃ゆいエスパーニャのフェルナンド・ベルダスコ(左2番目)、ユニークなプレイで知られるウクライナのドルゴポロフ(左3番目)、シングルバックハンドの天才リシャール・ガスケ(左4番目)、クロアチアの18歳、ボルナ・チョリッチ君(左下)など。

 もちろん、日本のニシコリさんがこの大会のスター選手です(右上)。でもやっぱり、目玉は世界ランキングトップ4で全豪・全仏チャンピオンのスタン・ワウリンカ(右下)。かっこいい! 

 今年の楽天JAPANオープンでは、ニシコリ人気のせいか、練習コートのそばに近寄れなくなっていて、コートの周囲にはネットが張り巡らされ、写真もうまく撮れないし、選手と言葉を交わすこともできない。

 一週間ほとんど毎日チケットは売り切れ。そんな大会は世界中でもグランドスラムの4大会かツアーファイナルくらいのものでしょう。大人がサインを求めて殺到するのも日本ならではの情景で、さすがにそれはちょっとみっともないと思う。だから、セキュリティのためだというのはわかります。でも、選手とじかに触れ合えるのはこの機会しかないんですよね。練習コートくらいはそばで見せてほしいわ。

 ライブ観戦のよさは試合といっしょに周囲の空気感まで味わえるところ。外にある第一コートではダブルスの試合を見ました。秋の日差しのもと、超一流選手のパワフルでスピーディなプレイを見るのはほんとに楽しい。空気はひんやりしていて、木々のあいだを風が吹き抜け、赤とんぼがすいすいと飛びまわる。


 イギリスの田園地方にあった貴族の館で、娯楽として始まったテニス。仲間のプレイを飲み物片手に庭の芝生の上でおしゃべりしながら眺めていた往時がしのばれます。最近、巨大な屋内スタジアムでのショーアップされたテニスの大会があって、それはそれで面白いけど、選手の息遣いがわかるような親密さのある試合がテニスの原点じゃないのかな、とも思います。

 

 大会のお楽しみは観戦だけではなく、いろいろなスポンサー企業のブースを見てまわることもあります。テニスをやっている人なら、サーブのスピードを測ってもらうとか、ラオニッチ(ビッグサーバー)と同じスピードのボールを吐き出すロボットマシンに挑戦というイベントがあります。私もバボラ(ラケットメーカー)のブースでラファとツーショットを撮ってもらいました。頭をラケットで叩かれています。

 ヨネックスのブースでは、ワウリンカ(の写真)の前で、デカラケを手に、片手バックハンドのポーズでパチリ。

 ふだんツイッターやfacebookでおしゃべりしている日本全国のテニス友達が有明に集まるので、そういう友達と会えるのも楽しみのひとつ。毎年チケットが買いにくくなっているのが悩みですが、また来年も行かれますように!
(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2015.12.01..更新)






 「日本におけるダンテ――言語と文化のへだたりを超えて」という講演を聴きに行ったのは、たぶん来年とりくむはずの翻訳の参考になるかと思ってのことだった。場所は九段のイタリア文化会館、講師は京都大学名誉教授の岩倉具忠先生。会場に到着してから初めて気づいたのだが、なんと講演はイタリア語でおこなうという。イタリア語はさっぱりわからないと焦ったものの、当然ながら通訳がついた。ああ、よかった。

 昔、翻訳の仕事を始めたばかりのころ、Reception という言葉の訳に悩んだことがある。いまでは「受容」という言葉を知っているのだが、当時、レセプションというのが何をさすのかまったくわからなかった。外国から到来した思想などを日本人がどのように受け入れ、理解していったかという意味だったのだが。

 岩倉先生の講演も、まず日本における外国文化の受容から始まった。日本では、西洋文化の前にまず、長いあいだ中国文化を取り入れてきた。そのさい、「和魂漢才」という言葉が用いられたそうだ。そこから「和魂洋才」という言葉が生まれた。

 明治期に西洋文学の翻訳にたずさわった人たちのほとんどは漢文の素養があり、中国文化への理解をもった人たちだった。その素養が西洋の言語を翻訳するときにとても役立った。彼らの手になるすぐれた翻訳のおかげで、西洋の技術や文化が日本の社会に根づいたのだという。

 しかし、とイタリア文学研究者の岩倉先生はつづける。明治政府は英独仏という3つの言語を高校・大学で教えると定めたため、イタリア語の定着は疎外された。ダンテの作品はもちろんイタリア語で書かれている。その結果、ダンテの文学はほかの言語からの重訳で紹介されることが多かった。そのため、原文の音楽的な響きの美しさはいささか損なわれることになった。

 明治期における西洋文化の紹介は、最初は実用的なもの、役にたつ知識や技術が優先された。文学や哲学はとりあえず、あとまわし。ここで、80歳を過ぎた岩倉先生の口から痛烈な批判がとびだした。いまの自民党政府は大学の授業から人文科学の授業を減らせなどとふざけたことをいっている。「文化や哲学的な支えのないテクノロジーは正しい道を見つけられない」と先生はいう。そして、政府のそんな態度にはひどく失望し、また憤慨を禁じ得ない、と。

 ダンテは『神曲』のなかで社会の腐敗や人間性の抑圧にたいして激しい怒りをあらわしている。現世で悪をなした者、堕落した人間は地獄で永遠の炎に焼かれるのだ。この世で栄華を誇った人や社会的地位があった人も逃れることはできない。ダンテはフィレンツェ権力者や身近な知りあい、さらには物語の英雄たちさえも地獄の住人として描いている。

 ダンテは正義を踏みにじる者たちに鉄槌をくだす怒りの人だった。

* * *

 最近、仕事もマンネリ化してきて、翻訳の意義のようなものを忘れかけていたけど、この講演をきいて、翻訳文化というのは社会にとってとても大事なものなのだと改めて思った。異質なものを排除するのではなく、理解しようとする態度、それを忘れているから安保法案なんてものを考えだすのだ。

 そして、表面的な移し替えではなく、その背後にある文化や哲学を深く理解してこそ「正しい道」を歩めるのだと改めて思った。自戒の念をこめて。

 お話に感激したあまり、講演のあとで先生の写真をスマホで撮らせてもらったが、あせったせいか、とんでもないピンボケ写真になってしまった。すみません。
(のなか くにこ)