【ぐるぐるくん】バックナンバー 2018年  野中邦子(のなか くにこ)   

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ぐるぐるくん

野中邦子(2018.01.06更新)
















『ロダン カミーユと永遠のアトリエ』Rodin
『プラハのモーツァルト 誘惑のマスカレード』Interrude in Plague
『ドリーム (私たちのアポロ計画)』Hidden Figures
『オリエント急行殺人事件』Murder on the Orient Express
『善き人のためのソナタ』The Lives of Others
 12月に観た5本の映画はテーマも舞台も時代もばらばらではあるが、事実とフィクションの関係について考えるきっかけになった。

 『ロダン』は芸術家の伝記映画なので、職業柄、見なければなるまいという心境で見にいった。副題の「カミーユと永遠のアトリエ」というのは意味がわからない。もちろんカミーユは重要な登場人物ではあるが、ロダンにとっては愛人の一人でしかなく、永遠の愛もなにもあったものではない。自分の作品だけが大事というロダンに共感できるわけもなく、けっきょく「男(芸術家)ってやつは……」と嘆息するしかない。セザンヌとの交友関係なんかは面白かった。ちなみに、ロダンその他の登場人物はちゃんとフランス語をしゃべっている。バルザック像は上野の西洋美術館で見られるが、たしかに当時としては常識をくつがえした作品ではある。  

 『プラハのモーツァルト』は、実在の人物が登場するが、ロマンス部分はフィクション。ドン・ジョヴァンニを作曲するにあたって、色好みの悪辣な貴族がモデルになったというのは完全な虚構だろう。この副題「誘惑のマスカレード」というのも雰囲気を狙っただけなんでしょうね。プラハが舞台だし、英語のセリフがちょっと違和感。

 『ドリーム』の副題は最初「私たちのアポロ計画」だったのが、実際に描かれているのはアポロ計画ではなくマーキュリー計画だったためにSNSなどで疑問が出され、その結果、副題をカットしたといういきさつがある。事実を描いたとはいうが、NASAの人種差別はこの映画で描かれたようなものではなく、じつは彼女たちを雇うにあたって差別はなくされ、黒人女性の管理職への就任も認められていたらしいので、完全に事実そのままではない。わかりやすくするために黒人用トイレの設定などが変えてある。

 完全にフィクションなのが『オリエント急行殺人事件』。ただし、事件の鍵になるアメリカ軍人の子供の誘拐事件は、この作品が発表される2年前にアメリカで起きたリンドバーグの息子の誘拐事件にヒントを得ているはず。アイドル的人気のあったリンドバーグ夫妻を襲った悲劇は世界を震撼させた。

 『善き人のためのソナタ』は仕事の資料ということで、10年前の作品をDVDで見た。東ドイツ時代の国家保安省の局員と監視される作家の関係性が描かれる。拷問さえも国家のためと信じて生きてきた男がその信念を捨てるに至る。ベルリンの壁の崩壊とその後……実録のように見えて、完全なフィクション。本、芝居、詩、芸術、恋人同士の愛の営み。そのすべてが影響力となって人間の生き方を変える。すばらしい映画だった。

 どの作品もドキュメンタリーとはうたっていないから、すべてフィクションと解釈すればいいのだが、どこまでが虚構で、どこまでが事実なのか、ノンフィクション翻訳者としては気になる。

 というのも、英米のノンフィクション作品の場合、資料で裏付けがとれたことにかんしてはクオーテーションマーク(" ")を必ず入れ、出典を明らかにするというルールがあるからだ。憶測や伝聞だけではけっして書かない。He/She said という言葉がしつこいくらい出てくる。翻訳の場合、そのすべてを日本語にするわけではないが、そういう厳密な態度には敬意を抱いている。

 だからNHKの朝ドラなどで実在の人物をモデルにしながら、どこまで事実なのか虚構なのかをあいまいにして描かれているのが気持ちわるくてしかたがない。知らない人はぜんぶ事実だと思いこんでしまうんじゃないの? 面白ければいいというものではないと思うけど。とはいえ、『ドリーム』みたいな映画はもっと作られていいとは思う。ロダンだって、もっときれいごとに描けば、アーチスト同士のロマンチックな恋物語にできそうなものだが、そのバランス感覚がむずかしい。ロダンのバルザック像が語るように「芸術とは醜いもの」なのかもね。

 それにしても、日本人はよほどロマンチックなものが好きなのか、映画の邦題にもなんらかのニュアンスをつけずにいられないようだ。原題はそっけないくらいさっぱりしている。とはいえ、The Lives of Others「他人の生活」というのはそっけなさすぎる。「善き人のためのソナタ」は作中でも重要な鍵となるものだし、これはよい邦題だと思う(えらそう)。冷戦時代、東側から見たら西側の人間は完全に他者であり、考え方も生き方も異なる――そんな複雑な意味合いをもたせるのはむずかしい。Othersってそういう意味もぜんぶひっくるめた言葉だと思う。他者の生き方を容認し、尊重し、共感することが平和共存のための第一歩だろう。中国や北朝鮮に圧力をかけることしか考えていない安倍総理にこそ、そういう想像力をもってほしいんだけど。

(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2018.02.04更新)


City Basement Books の看板




地下への入口




店内




Collected Works Bookshopの看板




The Paperback の店内




モレスキンのノート


アーケード内にあるCollected Worksの外観

 メルボルンでカフェ・カルチャーが盛んだということは最近知られてきているが、カフェのあるところ書店もにぎわうというのが通説ではないだろうか。

 今回の滞在では風邪を引いたりしたこともあって市内散策に時間が取れなかったのだが、市内中央部の書店を少しだけ覗いてみた。紀伊國屋のような大型新刊書店は見にいかれず、今回は古書店だけ3軒である。

 まず、フリンダーズSt.にある地下の店、その名もCity Basement Books 入口は目立たず、地下へ降りる階段の左右の壁には紙を切り抜いた蝶々がたくさん貼り付けてある。店内は書棚がぎっしりと立ち並び、ジャンル別に本が並んでいる。SFの棚が充実しているように見えた。(SFには詳しくないのでよくわからない)

時節柄(テニス全豪オープンの時期)、テニス関連書の棚を眺め、写真の入った古いテニス本があったので、それを購入。そしたら、レジにいた女性店主が、テニス関連本は「あっちにもあるわよ」と教えてくれた。ゴンザレスがモデルになった教則本などがあり、興味深かったが、それはパスし、他の1冊を加えて2冊購入。

 もう1軒は、ガラス天井が美しいことで知られるCathedral Arcade の2階(1st floor)にあるCollected Works. ここは中央のスペースを開け、書棚は周囲の壁に沿ってしつらえられていて、集会所のような雰囲気がある。たんに本を売るだけではなく、人とのつながりを重視した感じ。こういう雰囲気は去年の11月に訪れたロンドンのLibreria bookshopにも共通する。在庫の数は少ないが、オーナーの好みによって本をそろえ、読書という行動をさらに広い思想や政治活動へと発展させる。

 3軒目はやや北寄りのBurk St.にあるThe Paperback Books ここは通りに面した一階の店で、ここも書棚がぎっしりと並んでいる。日本の古書店に似た感じだ。チャトウィンで有名になったモレスキンの手帳が雑然と並んでいた。

The Paperback Books外観
 この店の前には物乞いのおじさんが坐りこんでいたのだが、通りがかった女性がアルミフォイルに包んだサンドイッチをあげていて、おじさんはそれを食べていた。日常の風景なのだろうか。物乞いの人が掲げているボードにはよくgood people who had a bad luck ということが書いてある。たまたま運がなかった、というふうに考えられるほうが生きやすいと思う。なんでもかんでも「自己責任」で片づける社会は冷たい。

(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2018.03.02更新)


パソコンの隣には安らぎのための
昌磨くんカレンダー(後ろにラファも)


 みなさん、オリンピックは楽しみましたか? フィギュアスケートが好きな私は小さいころから見てきた宇野昌磨くんのパフォーマンスを心の底から楽しみました。世界中に彼の魅力が広まっちゃいましたね。私だけのものじゃなくなって(ちがう!)ちょっと残念な気がしますが……。

 ファンというのは、思い入れが強くなるほど、「好き」という気持が暴走してしまうらしく、昨今はSNSなどというものができたせいで、自分の感情を垂れ流すような行動も往々にして見られます。ある選手が好きなあまり、ほかの選手に反感をもってしまい、「嫌い!」「目障り」という感情をセーブできなくなるのですね。まあ、幼稚な反応ですが。

 金メダリストの羽生さんの「はしゃぎっぷり」がわざとらしいとか、リンク上の宇野くんに背後から「膝かっくん」をしたのを見て「けがしたらどうする」とか、「昌磨にかまわないで」という声が聞こえてきます。羽生さんを「自分大好きすぎる」という人もいますが、ちょっと想像してみてください。もし自分が羽生結弦だったら、自分を好きにならずにいられるでしょうか、いや無理でしょう。大好きになるよね、当然。

 「オリンピックを特別だとは思わない」という昌磨くんの発言に、「出られなかった選手の気持がわかっていない、オリンピックを軽んじている」と腹を立てた人もいましたが、言外の意味をつかめない人が増えているんだなと思わずにいられない。読書離れ、そして読解力の低下と並行する現象でしょうか。昌磨くんの試合ぶりを見ていたら、目の前の大会のどれにも全力でとりくむ、そのために日頃からきつい練習を重ねてきた、その延長にオリンピックもある。選手として試合に臨むときの態度としては、規模にかかわりなく、ほかのすべての大会となんら違いがない……ということが読み取れないのですね。

 芥川龍之介の「手巾(ハンケチ)」という作品があります。息子の死を伝える婦人が柔和な笑みを浮かべていて、対座した語り手は、少しも悲しくないのだろうか、情のない人だと思いかけるのですが、ふと見ると、膝の上で手にしたハンケチがぶるぶる震えている。この語り手がその態度を日本女性の鑑のように称賛するのは「いかがなものか」とは思いますが、人の心情はぱっと見ではわからない、というのは大人なら知っておかないとね。

 そんなことを思っていたら、マンガのタイトルにこんなのがありました。

 『かわいさ余って何かが百倍』  

 もちろん、「かわいさ余って憎さ百倍」のもじりですが、私としては妙にツボにはまって、忘れがたいフレーズになってしまった。本の内容はほとんど覚えてないんだけどね。

 誰かの熱烈ファンになるのもいいけど、かわいさのあまり、なにか(たぶん否定的ななにか)が百倍になっちゃまずいですよね。ポジティブな方向に百倍ならよいのでしょうが……自戒をこめて。

(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2018.04.02更新)


カバーは外して持ち歩く


オリジナルのスクロール版
 集中力が家出中。デスクに向かっていてもゲームをしたり、ツイッターを見たりで、仕事にまったく集中できない。気分がもだもだするので、四季の森公園に出かけ、MACで百円コーヒーを飲みながら読書。ちなみに「もだもだする」の用法は尾崎紅葉『多情多恨』にあるそうな。前に「明治の日本文学を読むシリーズ」(自分で設定し、自分で命名したシリーズ)で『多情多恨』も読んだのだった。内容はうろ覚えだが、おもしろかったことは覚えている。

 青山南『60歳からの外国語修行』(岩波新書)を読んだ。英米文学の翻訳者でもともと英語はできるんだから、スペイン語だって一般人よりは習得が楽だよね〜と思いつつ、もう7年もスペイン語教室に通っている自分のスペイン語のレベルが、2年弱しかやっていない青山さんのレベルとおっつかっつであることがわかってへこむ。というか、同じくらいできると喜んだほうがいいのか。

 たまたま翻訳中の章がニューヨークの書店の話で、ビート・ジェネレーションの詩人や作家が出てくる。青山さんはケルアックの『オン・ザ・ロード』の邦訳者でもあり、シンクロニシティに驚く。この青山さんの新書は、友人がたまたま勧めてくれたもので、ビート・ジェネレーションとの関連性はまったく予想外だった。それにしても、英語でbeatというのは訳しにくい。ビート・ジェネレーションの詩人や作家のことを指しているのだが、カタカナで「ビート」と書くのはどうも落ち着きがわるい。たとえば、ビートルズのメンバーの一人を英語では簡単にbeatleというが、日本語では単数の「ビートル」はまず使わない。複数のsの使い方が英語と日本語では違うからね。悩ましい。 

 『オン・ザ・ロード』を図書館で検索すると、「スクロール版」と書いてある。「これはなに?」と図書館員に訊いてみたが、わからない、という返事。本を手にし、「訳者あとがき」を読んで初めて理解した。

 ケルアックはこの原稿を3週間で書き上げ、タイプ用紙を打ち終わるたびに一枚一枚換えていったのでは文章の勢いや流れが中断されるため、何枚も紙をつなげた長いタイプ用紙に一気にタイプしていったのだという。その後に刊行された書籍は、この第一稿に修正を加えて読みやすくしたものだった。巻物(スクロール)のように見えるからスクロール版。改行もないのである。訳書を開いてみたら、ほんとに改行がない! 自動筆記みたいな感じなのである。

 それで、まあ、いま自分が翻訳中の本のほうでは、ビート・ジェネレーションの作家たちは万引きした本を古書店に売って生活費を得ていたなどという記述がある。作家がかならずしも書店のよい客ではなかった、ということ。まあ、そうだろうな、と納得する一介の読者である私は、もちろん万引きなどせず、新古書店も使わず、新刊書を定価で買い、違法ダウンロードもせず、マンガを海賊版で読むこともしない。ある意味、理想の読者かもしれない。ただし、家にスペースがないので、電子書籍の愛用者ではある。せっかくスクロール版なんだから、『オン・ザ・ロード』もキンドル版で出してほしい。そしたら、本当にスクロールして読めるのに。

(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2018.05.04更新)


クリックで沖縄県立博物館・
美術館のサイトへ









那覇滞在。モノレールで県庁前から4駅、おもろまちでおりて歩いて5分ほどのところに沖縄県立博物館・美術館がある。詩人吉増剛三展を見てきた。ゴールデンウィーク中だったが、沖縄へ観光に来る人はビーチや首里城やデューティフリーのショッピングモールあたりへ行っているのか、美術館はすいていた。

 詩人といっても、座して言葉と向き合っているだけではない。彼は行動の人、パフォーマンスの詩人である。そんな吉増剛三の作品は「美術館」で展示するのにふさわしい。現物の詩集も展示してあって、自由に手にとってページをくることができる。天井から垂らした幕もあれば、ビデオもあり、朗読の音声が流され、造形作品も並ぶ。

 吉増個人についてはほとんど知らなかったのだが、阿佐ヶ谷生まれと知って親しみがわく。ご近所である。福生で育ち、中学は啓明学園。啓明学園って中学のときのサマーキャンプで行ったことがある!

 奥さんがブラジル人の歌手だった(マリリアさん)ということも初めて知った。その縁でか、サンパウロ大学の客員教授も務めている。

 先月このエッセイに書いた青山南さんの『60歳からの外国語修行』にもメキシコ滞在記が出てきたが、吉増剛三と南米との関連性もまた「偶然の一致」である。

 ユング学説のなかでいわれるシンクロニシティとは「意味のある偶然の一致」だそうだが、まあ正確な定義はともかく、心のなかでなにかを気にしていると、まったく別の場面でも関連する事実に目がとまりやすいということだろう。いま進行中の翻訳の舞台が南米なので、こういうシンクロニシティに気がつく。


 彫刻家若林奮に贈られた銅板にみずから文字を彫りこんで作った絵巻のような作品がある。床に広げられている作品を眺めて、これぞまさに「詩のスクロール版だな」と思った。

 そろそろ夏日という沖縄のひっそりした美術館で詩を読むというのもなかなかよい経験だった。美術館のカフェがまたすっきりと明るくて、清潔で、沖縄産の食材をつかった料理がおしゃれで、気に入った。じつは、このときあまりにも空腹で、展示を落ち着いて見られなかったというオチもある。

 ついでに愚痴をこぼせば、ただいま翻訳中の本、ひさびさに何がいいたいのか理解できない箇所に遭遇した。翻訳を始めたばかりのときは英語力の不足からそういうことも多々あったのだが、最近ではあまりなかったんだけどな。まだまだ、自分の未熟さを思い知る。

(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2018.06.09更新)

土曜社のサイトはこちら







 6月8日の夜、ツイッターのタイムラインに流れてきた情報に目を疑った。
 Anthony Bordain が死んだ?

 病気という話は聞いていない。ふと不穏な予感がする。ドラッグのオーバードースか、という思いが一瞬、頭に浮かんだ。  
 あるいは自殺か……自分の頭に向けて銃でもぶっ放したか。ヘミングウェイみたいに。  

 しばらくたって、情報が少しずつ出てきた。テレビ番組撮影のためにフランスのストラスブールに滞在中のホテルで亡くなっていた。連絡が取れないことを不審に思った友人のシェフが部屋を訪ねて発見したという。首を吊っていた。彼らしくない死に方だが。   

 アンソニー・ボーデインの出世作となった『キッチン・コンフィデンシャル』を翻訳したのは2000年(刊行は2001年、新潮社)なので、もう18年も前のことになる。料理業界の裏話を遠慮なしに暴き、はぐれ者のシェフやコックの生態を描いた。当時、腐りかけた魚をごまかしてランチに出すレストランの話にニューヨークっ子は慄然としたらしい。  

 この本がベストセラーとなり、世界各地の料理を食べてまわる続編の『クックズ・ツアー』も好評を博した。その後、出版の世界からテレビ界へと転身し、フードネットワークで『クックズ・ツアー』のテレビ版、トラベル・チャンネルで『アンソニー・ボーデインのノー・リザベーション』に出演し、エミー賞をもらったりもしている。それからCNNに移って『パーツ・アンノウン』という番組をもち、これは11シーズンも続いていたところだった。  
 オバマ大統領がベトナムを訪問したときは、町の安食堂のテーブルに差し向かいで坐り、壜ビールを飲んでいるシーンが世界に流された。  

 インテリ家庭に育ち、大学をドロップアウトして料理人の道に進み、ドラッグの沼に落ち込んだり、そこから抜けだしたりという波乱の一生は『キッチン・コンフィデンシャル』に生き生きと描かれている。  

 印象的なのは、子供時代に両親につれられてフランス旅行をしたとき、ハンバーガーとケチャップしか食べようとしなかった男の子が初めて生牡蠣を食べたときのエピソードである。食べることの官能的な歓びが伝わってくる。その海岸を再訪したときのエピソードが『クックズ・ツアー』にある。「思い出のビーチへ」という章には、亡き両親への思い、失われた子供時代への懐旧の念があふれている。一流の書き手だと思わざるをえなかった。
 体にタトゥーを入れ、格闘技に熱中し、ロックスターのラモーンズの大ファンと公言して「こわもて」の不良シェフを気取っているボーデインの内側に傷つきやすい繊細な感受性があることがうかがわれる。  

 あるとき、彼はジョークのつもりで何かの記事で読んだ話をもちだす。
 「ドラッグをやめられる人間は4人にひとりだ」
 そのとき、タクシーに乗っていたのは4人。
 「わかった。このなかでドラッグと縁が切れる人間がいるとしたら、それは俺だ。こいつらに引きずられて落ちていくつもりはない……どれだけ親しかったとしても関係ない。俺は生き残る。俺がそのひとりになる」  
 私はやった。彼らはしなかった。
 そのことを後ろめたいとは思わない。

 そういってドラッグの泥沼から抜けだす強さをもっていたボーデインがこのような結末を迎えるとは、とても残念だし、悲しい。
 料理は日々、その瞬間に消えていくものだが、料理をする人びとの活気にあふれた生活と、食べることの恍惚について書いた彼の本はずっと残るだろう。どうか安らかに。

(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2018.07.01更新)






 この初夏、コクーン歌舞伎を観にいったのは、ふだん女形の七之助が立役を演るというので興味を引かれたからだった。演目の「切られの与三」も、玄冶店(げんやだな)の場は有名だが、ちゃんと見たことがなかった。  

 与三郎の執着は「江戸」にある。放蕩で江戸を追放され、どんどん落ちぶれながらも、「あの江戸に帰りたい」一心で、全身に刀傷を残すはめになりながらも生きながらえる。  

 芝居の感想はさておき(おくのか!)、面白かったのは、もうひとつの芝居とのシンクロニシティである。まったく意図したわけではないが、そのちょっと前に井上ひさしの『たいこどんどん』を観ていた。落語家の柳家喬太郎が主人公の「たいこもち」を演じる。これも放蕩者の若旦那と2人で江戸を放逐され、東北地方を転々として苦渋をなめながら、いつか江戸に帰ろうとする話である。一種のバディものだが、2人の関係はとても良好とはいえない。そもそも金だけを介在した上下関係だからね。  

 井上ひさしというと、軽妙でユーモラスというイメージがあるが(ないか?)、こまつ座の芝居を観るようになって思った。じつは、ものすごく暗くて、陰湿な人だったのではなかろうか。『たいこどんどん』でも、江戸者をいびる東北人の根暗さ、ずるさがいやというほど描かれ、もしかして同族嫌悪か、と思わされた。いびられる江戸者のほうも、浅はかで不誠実で、まったく愛すべき存在ではない。ようやく手に入れた路銀を賭けですってしまったり、借金のかたに相棒を強制労働の鉱山に売りとばしたりする。あげくのはてに、たいこもちはヤクザにつかまって脚を切られるはめになる。ぜんぜん笑えない。  

 『切られの与三』のほうは、与三郎に相棒はいない。蝙蝠安(こうもりやす)がバディといえなくもないが、利用しあうだけの関係だ。むしろ、人生の節目のたびに遭遇する「お富」が幻のバディといえるかもしれない。運命の相手のように見えて、めぐりあうたびにお富は別の男のものになっているという皮肉。  

 『たいこどんどん』と『切られの与三』に共通するのは、人間の関係性なんてもろいものだというシニカルな思想である。井上ひさしが「お富さん」の筋書を参考にしたのかもしれない。芝居の幕切れのシチェーションがまたそっくり。以下ネタばれですが、さんざんな目にあって、苦労の末にようやく舞い戻った懐かしの江戸。ところが、そのときすでに江戸幕府は瓦解し、江戸は東京になっていた。あの「江戸」はもうどこにもない。  

 希望をすべて潰されてそれでもたくましく生きていく庶民、という感じで幕はおりたのだが、いや、なんというか、惨憺たる庶民の暮らしってことで、安倍政権に蹂躙される昨今の日本国民の姿をつきつけられた思いである。

(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2018.08.02更新)


『ペギー』文春版


映画のチラシ表


チラシ裏


ヴェネチアのコレクションの庭。
ペギーもすわった石の椅子で


 ペギーが行方不明。

 テレビのCMで松重豊が「早く言ってよ〜」というのがあるが、見たことがない人も多いことと思います。ま、本筋には関係ないのだけれど。

この7月初めのこと、facebookでweb版美術手帖の記事を見てびっくり。ペギー・グッゲンハイムのドキュメンタリー映画ができたというではありませんか。その記事をシェアして、「見たい!」と書いたところ、河出書房新社の編集Tさんが試写会に誘ってくれました。

 先日、その試写を見てきましたが、「なにこれ、すごくおもしろい!」

 紛失していたインタビューの音源が最近発見されたとかで、ペギー独特のしゃがれ声も聴くことができる。美術界のそうそうたる名士たちが次々と登場し、インタビューに答え、ペギーの波乱万丈の生涯をたどる。俳優ロバート・デ・ニーロの両親(画家)の作品もペギーのコレクションに入っているのでデ・ニーロも登場します。

 『ペギー 現代美術に恋した気まぐれ令嬢』(ジャクリーン・ボグラド・ウェルド著、野中邦子訳、文藝春秋刊、1991年)。当時、翻訳者としてまだ駆け出しだった私ですが、バブル景気でじゃんじゃん版権を取っていた文春の松浦さんにリーディングを依頼され、一読して、ぜひやらせてほしいと頼みこんで翻訳させてもらった本です。

 才能がないからアーティストにはなれず、美貌もないのでミューズにもなれず、頭もよくないから研究者にもなれない。ただ有り余る好奇心と、型にはまりたくないという冒険心のみでアートの世界に突進したお嬢さん。才能も美貌も頭もないという点が他人事ではなく、身につまされた。グッゲンハイムほどの金持ちではないのが残念だが。

 試写室では広報担当のかたと話し、私の訳書を参考にしているといってもらえた。文春では絶版状態なので、再版してほしいな。宣伝するにも、公開までもう一か月しかない! だから、もっと「早く言ってよ〜!」いまここ。

 『ペギー』を訳していたころの私はまだ30代で、ペギー・グッゲンハイム・コレクションのあるヴェネチアまで行ったのだが、毎日オープンしているわけではなく、たまたま休館日にあたって、門の外から指をくわえて眺めただけ、などという残念な経験もした。そういえば、そのころはまだインターネットもろくに使えなかったのだ。旅行のスタイルもパック旅行だった。 

 その後、再度ヴェネチアへ行って、コレクションも無事見ることができた。このときは自分で手配をした個人旅行だった。

 この原稿を書くにあたって本を見ようと思ったのだが、自分の訳書がおいてある書棚を見ても『ペギー』が見当たらない。「訳者あとがき」を書くときも舞い上がって、先輩からの「ちょっと気取って書け」というアドバイスを真に受けて書いたら、「こしゃくなことを書きやがって」みたいに苦笑されたこともあったっけ。なつかしい。

 ところで、いま現在、翻訳中なのは、書店についての本で、書籍売買の歴史、文化的な意義、書店主の役割などが考察され、ユニークな書店の紹介もされている。なかでも、人びとに出会いの機会を与え、会話を促し、イベントの舞台となった書店を高く買っているところに共感できる。この本にもペギーがニューヨークに開いた「今世紀の芸術」画廊のことが出てくる。アートや文学やパフォーマンスに接して胸躍らせるペギーには仲間意識をもたずにいられない。

 映画『ペギー』を見て、久しぶりにそういう刺激をもらえた。劇場公開されたら、また見にいきたいな。

 ということで、本を詰め込んであるトランクルームへ、私の『ペギー』を探しに行かなければ!

(のなか くにこ)







ぐるぐるくん

野中邦子(2018.10.03更新)


パリのジュリア



 第二次大戦後のアメリカ社会に家庭でできる本格的なフランス料理を広めたジュリア・チャイルド……アメリカでは知らない人がないくらいの有名人です。訳書の参考で、映画『ジュリー&ジュリア』を見ていたら、思いだした。日本にもいましたね。料理研究家の草分けといわれた故・江上トミさん。

 ジュリアは政府機関に勤める夫のヨーロッパ駐在について行ってパリでフランス料理に目覚め、コルドンブルーで学び、料理書を出版してベストセラーになったあと、テレビの料理番組に出て、その気取らないながらも上品なキャラクターで人気を博します。

 江上の場合も、軍に勤務する夫の赴任地のパリへおもむき、そこでコルドンブルー料理学校に入学して料理を学びます。そんな経緯もジュリアと似ています。

 しかし、年代でいうと江上が1899年生まれ、コルドンブルーで学んだのは1927年。

 ジュリアは1912年生まれ、コルドンブルー入学は1948年。江上トミさんのほうが早いのですね。

 テレビに出演し、ユニークな個性で人気が出たところとか、上品な身のこなしや言葉遣いなど、江上トミとジュリア・チャイルドには共通性が見られます。

 私の世代だと、料理研究家といえば、江上トミさんのほかに土井勝さん、帝国ホテルの村上信夫さんなんかが印象的です。そのあと、料理の鉄人がはやって、陳さんとか道場さんとか、でもそのころ、私自身はすでに主婦で、日々、家族のために料理をしていたからあまり参考にはしなかった。

 ちなみに映画『麗しのサブリナ』で主人公のサブリナ(オードリー・ヘップバーン)がパリで通うのもコルドンブルーでした。

 『ジュリー&ジュリア』は、ジュリア・チャイルドの生涯とニューヨークに住むブロガー、ジュリーの生活を並行して描いた映画です。若いジュリーは夫とともにクイーンズに住んでいて、ものかきになりたいという野心を抱きながら、政府機関で働いている。ジュリアの料理書を手本にして、一年間で全レシピを作りブログにアップするというプロジェクトを考え、実行する。それが当たって、めでたく本を出版し、ものかきデビューを果たすという物語です。

 ジュリアのパリ時代、本を出版するまでの苦労、現代っ子ジュリーの料理との格闘ぶりがユーモラスに、また皮肉をこめて描かれる。ジュリーは卵が苦手で、ほとんど食べたことがないというのもアメリカらしい。アメリカでは卵や鶏肉が細菌まみれだということで、生食はほとんどしないんですよね。ジュリーはポーチドエッグを作って、はじめて卵を口にします。こういうところは日本人でよかったと思うね。

 このあいだニューヨークへ行ったときに訪ねたノグチ美術館はクイーンズ地区にあります。『ジュリア&ジュリー』に出てくるジュリー夫婦の部屋がまさにクイーンズっぽく(ピザ屋の2階)、マンハッタンへの地下鉄やその高架線の駅など、「ああこれ、これ」という感じ。

 ジュリアとジュリー、どちらも理解あるチャーミングな配偶者に恵まれて、最後にはサクセスを手に入れてよかったね、というストーリー。

 私のいまの仕事との関連性といえば、書店の風景が出てくるところです。ジュリアはパリの書店〈シェイクスピア&カンパニー〉の店先で、「英語で書かれたフランス料理の本はないの?」と訊ね、店員は「ありません」と答える。

 ジュリーのほうは友人のライターに取材をさせてといわれOKしたところ、予想に反して、「みじめな30代」みたいな扱いをされて、落ち込みます。その本のポスターが貼ってあるのが〈ストランド書店〉の店先。ということで、2軒の書店が出てきます。

 まあ、それだけなんだけどね……最近はamazonプライムですぐに映画を見ることができるようになり、とても便利です。

(のなか くにこ)









ぐるぐるくん

野中邦子(2018.11.04更新)


自転車の車輪(レディメイド)


ワインボトル乾燥器(レディメイド)


「大ガラス」のある会場風景




「MARCEL DUS|CHAMP」
野中邦子訳


階段を下りる裸体
 秋は美術展がいろいろあって楽しい。仕事がちょっとあいたので、あちこち観にいっている。上野の森美術館のフェルメール展、西洋美術館のルーベンス展など。

 ちょっと変わり種だったのは、国立博物館でやっていた「デュシャンと日本美術展」。いつもは日本美術や仏像展などを催している国立博物館の平成館でデュシャンが見られるというのは貴重な体験だ。同じ建物の隣の会場では「運慶快慶展」をやっていた。

 まず入口にあるのは、規制の大量生産品をアートに変貌させたレディメイドのひとつ、「自転車の車輪」。木のスツールの上に車輪をさかさまにして、くっつけてある。デュシャンの作品は「芸術とはなにか」ということを問いかけるコンセプチュアルアートだ。いわゆる「芸術作品」を無条件で信じるのではなく、人が何を美しいと思うのか、なにをアートとみなすのかを探っている。ありきたりの日用品を「芸術」として提出すると、見た人の心になにが起こるのか。それは心の池に石を投げいれるようなものだ。なにごともなければ平穏に過ぎていく水面に石を一個投げ入れると波紋が生じ、穏やかではいられなくなる。そういう動揺がキライな人は、デュシャンの作品にも反発する。でも、人は生きているかぎり、心を動かさないで過ごすことは不可能だ。現実に生きていれば、さまざまな理不尽や苦労があり、また感動や歓びもある。そういう心の動きこそ、芸術の源泉だよね。

 話はそれるが、テロ集団に拉致監禁されたジャーナリストにたいして、「自己責任だ、謝れ」という論調もあるようだ。でも、そういう態度こそ、池の水面に波を起こしたくない人たちのものだと思う。他者の人生に無関心でいるのが当然というような風潮は、私はいやです。一方で、人の考えや行動を国家の規準に合わせて縛ろうとするのにも嫌悪を感じる。道徳や美意識を権威によって決められたくない。現在の日本がひどい国になりつつあるのに目をつぶっていたら、自分や自分の子孫が不幸になる。

 20世紀美術の最大の発明は「醜さ」の発見だという説がある。ヒトの無意識をさぐるシュルレアリスムにもそういう傾向がある。隠していたものを暴くことだからね。内心の欲求を見透かされたくないブルジョワがシュルレアリストを目の仇にした気持ちもわかる。

 とはいえ、シュルレアリスムの作品についてつねづね感じることだが、作品そのものがいまや美しく見えるのですね。マックス・エルンストしかり、イブ・タンギーしかり。デュシャンもそうです。ワインボトルを洗って干しておくための乾燥器が美しいものとは思えません。いわんや、男性用の小便器ときたら……。ところが、突起のたくさんついたボトル洗浄器が天井からのライトに照らされ、いくつもの突起が影を落とすようすが美しく、なんらかの意味を持つように思えてくる。この写真の奥に小さく見える小便器のほうは、さすがに美しいとは思えないが、当時の観客が感じたような嫌悪感はもはやなく、白々とした物質の存在感を放つ。

 「大ガラス」だって、意味不明な、思わせぶりな、わけのわからない図形が描かれたガラス板だったものが、現代人の目には、乾いた詩情あふれる美しい作品に見える。時の流れ、人の意識の変化とは面白いものだ。ちなみに、この通称「大ガラス」、正式な名称は「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」である。デュシャンにとってタイトルとは作品を説明したり、作者の意図を伝えたりするものではなく、見る者のイマジネーションを刺激するためのものだった。瀧口修三の有名な誤訳――「oculiste=眼科医」を「occultiste=占星術師」と読み違えた――もデュシャンにしてみれば、「してやったり」とほくそ笑んだのではないだろうか。

 油彩画の「階段を降りる裸体」も発表当時は、「どこに階段がある? どこに裸体がある?」と不評だったらしいが、いま見ると、モノトーンに近い抑えた色彩、輝くようなクリーム色、リズミカルな線の連なり、滑らかなマチエールが、まさに目を喜ばせる構成物となっている。単純に「きれいな絵」といえるのではないだろうか。

 「デュシャンと日本美術」というタイトルの展覧会だったが、せっかくのデュシャン作品の印象を壊したくなかったので、付属の日本美術の会場は(企画者のかたには申し訳ないが)さっと通り抜けるだけにした。

 ちなみに私が訳したデュシャンの画集(美術出版刊)が出たのは1990年です。うわ、すごい昔だ!

(のなか くにこ)