今月のエッセイ 2018年5月
   

江崎リエ【はまって、はまって】……「行き当たりばったりで生きているイメージ」

東郷えりか【コウモリ通信】……「富士山の代わりに宝珠が浮き沈みしており」

中埜有理【七月便り】……「ジーンズにブーツで出かけた。おまけに髪はピンク色」

野中邦子【ぐるぐるくん】……「阿佐ヶ谷生まれと知って親しみがわく」

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はまってはまって

江崎リエ(2018.05.04更新)



好きなことわざ


   先日、「好きなことわざは何ですか」と聞かれて、考える機会があった。ことわざには教訓が含まれることが多く、世間の常識を伝えるような教えには反発を感じることが多いので、基本的にあまりことわざは好きではない。しかし、質問した人は軽い気持ちで聞いているので、「ことわざとはどういうものか」「なぜ、私はことわざが好きではないのか」などと話してもしょうがないと思ったし、そういうことを議論したい相手でもなかった。

 さらに、もう一つ問題があった。「好きなことわざ」は、答えた人の人間性を示す、もしくは示すと聞いた相手に思われるということだ。例えば、「人事を尽くして天命を待つ」と答えれば、真面目な努力家と思われるだろう。「働かざるもの食うべからず」と答えれば、怠け者を嫌う勤勉な人と思われるだろう(ちなみに、私の祖母はこのことわざが好きで、子供の頃によく言われた)。こうしたレッテルを貼られるのも嫌なので、何かレッテルの貼りにくいものを選びたいと思った。

 さて、答えになりそうな好きなことわざとはなんだろう。最初に頭に浮かんだのは「遅くてもやらないよりマシ」だった。しかし、これは日本でことわざとして認知されているのだろうか。英語やフランス語のことわざ集には載っていて、Better late than never(英語)とMieux vaut tard que jamais(フランス語)の文は、語学の宿題を遅れて提出する時の言い訳に使っていたのだが。日常生活でもこの文を頭の中で繰り返すことは多く、「言わなければ伝わらない」とともに、遅れてしまった礼状や返事を出すべきメールなどを書く時の推進力となっている。

 「あとは野となれ、山となれ(今に集中して、先のことは知らないよ)」も好きなことわざだ。本当は「人事を尽くして天命を待つ(やることはやったから、あとは様子を見よう)」という気分との中間点くらいの気持ちなのだが、「先のことを心配してもしょうがない」と言い聞かせて自分の心を軽くするのに役立っている。「人生万事塞翁が馬(人生の禍福は予想できない)」は、理不尽な仕事相手と当たって苦労している時に(理不尽かどうかを始めてしまって初めてわかる)、自分を慰めるのに使っている。この二つは、行き当たりばったりで生きているイメージがあっていいかもしれない。

 ことわざではないが「天衣無縫」「融通無碍」という言葉も、人柄の自由さが感じられて好きな四文字熟語だ。「好きなことわざは特にないけれど、天衣無縫という言葉が好き」と答えておくのもいいかもしれない。ちなみに、天衣無縫は麻雀の役満「九連宝燈」の別名で、家族麻雀をやっていた楽しい思い出もよみがえる特別な言葉だ。

(えざき りえ)











コウモリ通信

東郷えりか(2018.05.04更新)




東頭山行元寺




波の伊八の「波に宝珠」
(同寺パンフレットより)と
北斎の「神奈川沖浪裏」














その213
 先月、入れ替わり立ち替わり送られてくるゲラに埋もれていたころに、タイの友人たちが日本に遊びにきた。本来なら一緒に国内を回りたかったが、とうてい叶わず、せめてもと一日だけ付き合うことにした。すでに郡上八幡や金沢を旅行してきた彼らが、ぜひ行きたい場所として挙げたのがいすみ鉄道だった。満開の菜の花のあいだをのんびり走るローカル線の写真に惹かれたらしいが、どうせ行くなら一カ所くらいきちんと見学場所があったほうがよいと考え、上総中川の駅で下車して、田んぼのなかの道を4キロ近く歩いて、貴重な彫刻があるという行元寺まで行ってみた。

 なにしろ、このお寺には「波の伊八」と呼ばれる地元安房出身の彫物大工が彫った波に宝珠の欄間彫刻があり、それが葛飾北斎に「神奈川沖浪裏」のインスピレーションを与えたというのだ。ボランティア・ガイドのおじいさんの説明を聴きながら拝見した藁葺き屋根の建物内にある5面の欄間彫刻は、確かに躍動感にあふれた見事な作品だった。伊八の波には、富士山の代わりに宝珠が浮き沈みしており、人生にたとえたのではないかとの説明を受けた。馬で海に入って外房の大波を横から観察したと言われているらしい。北斎のあの作品は、江戸湾の波にしては、あまりにも大波だとかねてから思っていたので、勝浦辺りの波が下地にあったと考えれば、大いに納得がいく。武志伊八郎信由というこの彫刻師は、1752(宝暦2)年に下村墨村の名主の家に生まれたとされるので、馬に乗れる身分だったのだろうが、そんな家の息子が急に彫物大工になった背景には、この寺に「獏」と「牡丹に錦鶏」の優れた彫刻を残した群馬県花輪出身の高松又八(1716年没)が関係していそうだ。

 ネット上でざっと調べただけだが、この高松又八という公儀彫物師は、日光東照宮の幻の名工、左甚五郎につながる彫物大工の島村家初代俊元の弟子で、足尾銅山と日光と利根川、江戸を結ぶ「銅街道」沿いにあった花輪に、彫物師の一大集団を生みだした元祖だった。彼の作品は、行元寺のもの以外はすべて消失しているそうなので、その意味でもこのお寺は貴重な存在だ。

 一方、波の伊八は、島村家三代俊実の弟子である、上総植野村の島村貞亮に習ったという。彼が行元寺の欄間のために制作した「松鶴」の図には、菊のように見える「唐松」が彫られていた。日光の三猿の後ろにあるのと同様の奇妙な松だ。しかも、日光の「唐松」とそっくりに、中央に松ぼっくりが三つついた形で彫られている。非常に独創的な波にたいし、パターン化されたこの松は、彼の関心がそこにはなかったことの表われかもしれない。

 明代の磁器などにもよく描かれた「唐松」にたいし、「大和松」という、日本人の目にはより松らしく見えるパターンもある。日光東照宮の「猿の一生」の8枚の彫刻のうち3枚は「大和松」だ。この有名な猿のパネルは複数の彫刻師による共同作品か、もしくは松を彫る職人が複数いたのかもしれない。波の伊八はとりわけ「唐松」が好きだったようで、画像検索した限りでは、「大和松」は1作品にしか見つからなかった。「唐松」と呼ばれるくらいだから、このモチーフのルーツは大陸にありそうだ。形状からしてチョウセンゴヨウかもしれない。食用の松の実はこの木の種子だ。

 独創的でないこうした伝統模様には、文化の伝播の形跡が見えて、それはそれでおもしろい。工房で師から弟子へ受け継がれたパターンやモチーフは、竜や麒麟、仙人、天女、吉祥雲、蘇鉄、棕櫚など、想像上のものや外来のものを、似たような図案で広めてきた。左甚五郎に端を発する彫物大工たちの描く人物が、日光東照宮でも熊谷の妻沼聖天山歓喜院でも成田の新勝寺でも、中国人にしか見えない理由はそのあたりのあるのだろうか。波というモチーフも、波模様として背景に、あるいは縁取り程度によく描かれており、これを最初に図案化した人たちが海洋貿易に従事していたことを思わせる。端役だった波を主題としたところが、伊八の独創的なところだ。

 松と鶴のモチーフは、コトバンクによると「藤原時代に賞用された模様」であり、考えてみれば『100のモノが語る世界の歴史』の日本の銅鏡の図柄は松の枝をくわえた鶴だった。とりわけ松食い鶴の文様は、奈良時代に流行した花喰鳥を和風化したもので、起源は東ローマ、ペルシャあたりにあって、元来は王侯貴族を表わすリボンをくわえていたらしい。同書に掲載されたシャープール2世の絵皿には、リボンが付いていた。見る人が見れば、そこに脈々と伝わるものが感じられたのだろう。

 画像検索中に、富山にも「井波彫刻」という、やはり江戸中期を起源とする優れた欄間彫刻の伝統があることを知った。しかもこの夏、富山県博物館協会は「波の伊八パネル展」を開催するらしい。房総の伊八関連の作品はいずれも、寺社が細々と管理していて、行元寺のものなどは撮影も不可で、これでは一般に知られようがなく、まして研究対象にはなりにくい。もっと広く公開して、代わりに保存や展示の支援をしてもらえばいいのにと思うのだが、いまはお金のかかる文化財の保存に自治体も国も及び腰なのだろう。観光の目玉として売れるなら利用するという程度の、安易な対応をされて終わりなのかもしれない。政財界の有力者に文化人のいない国は、いずれ集団としてのアイデンティティを失う運命にある。

 日帰りできる距離とはいえ、そう簡単には行けない場所なので、こんなことがいろいろわかったのは友人たちのおかげだと感謝している。久々に田舎も歩いてカエルの合唱を聞いたのもよかった。次の仕事には、カエルの合唱が関係するのでなおさらだ。
(とうごう えりか)







ぐるぐるくん

野中邦子(2018.05.04更新)


クリックで沖縄県立博物館・
美術館のサイトへ









那覇滞在。モノレールで県庁前から4駅、おもろまちでおりて歩いて5分ほどのところに沖縄県立博物館・美術館がある。詩人吉増剛三展を見てきた。ゴールデンウィーク中だったが、沖縄へ観光に来る人はビーチや首里城やデューティフリーのショッピングモールあたりへ行っているのか、美術館はすいていた。

 詩人といっても、座して言葉と向き合っているだけではない。彼は行動の人、パフォーマンスの詩人である。そんな吉増剛三の作品は「美術館」で展示するのにふさわしい。現物の詩集も展示してあって、自由に手にとってページをくることができる。天井から垂らした幕もあれば、ビデオもあり、朗読の音声が流され、造形作品も並ぶ。

 吉増個人についてはほとんど知らなかったのだが、阿佐ヶ谷生まれと知って親しみがわく。ご近所である。福生で育ち、中学は啓明学園。啓明学園って中学のときのサマーキャンプで行ったことがある!

 奥さんがブラジル人の歌手だった(マリリアさん)ということも初めて知った。その縁でか、サンパウロ大学の客員教授も務めている。

 先月このエッセイに書いた青山南さんの『60歳からの外国語修行』にもメキシコ滞在記が出てきたが、吉増剛三と南米との関連性もまた「偶然の一致」である。

 ユング学説のなかでいわれるシンクロニシティとは「意味のある偶然の一致」だそうだが、まあ正確な定義はともかく、心のなかでなにかを気にしていると、まったく別の場面でも関連する事実に目がとまりやすいということだろう。いま進行中の翻訳の舞台が南米なので、こういうシンクロニシティに気がつく。


 彫刻家若林奮に贈られた銅板にみずから文字を彫りこんで作った絵巻のような作品がある。床に広げられている作品を眺めて、これぞまさに「詩のスクロール版だな」と思った。

 そろそろ夏日という沖縄のひっそりした美術館で詩を読むというのもなかなかよい経験だった。美術館のカフェがまたすっきりと明るくて、清潔で、沖縄産の食材をつかった料理がおしゃれで、気に入った。じつは、このときあまりにも空腹で、展示を落ち着いて見られなかったというオチもある。

 ついでに愚痴をこぼせば、ただいま翻訳中の本、ひさびさに何がいいたいのか理解できない箇所に遭遇した。翻訳を始めたばかりのときは英語力の不足からそういうことも多々あったのだが、最近ではあまりなかったんだけどな。まだまだ、自分の未熟さを思い知る。

(のなか くにこ)








七月便り


中埜有理(2018.05.04更新)




 先日、中・高校の学年会があった。もちろん来るのはみな同い年である。

 自分の至らないところを恥をしのんで告白するが、じつはごく親しい友人だけに常々そっと漏らしていることがある。「年寄りと田舎者はキライだ」ということ。友人にはたしなめられ、自分でもひどい言い分だとは思う。

 かといって、若者や子供が好きなわけではない。要するに、私は人間嫌いなのだろう。

 学年会には久しぶりに会う人もいた。高校生のころ、ひそかに学年でいちばんきれいだと思っていた人である。高校生のとき、私は学年の誰がいちばん魅力的かを比較検討し、トップ5を自分なりに認定していた。ちなみに、女子校である。私がひそかにトップ5と見なしていた彼女たちは美しく、頭もよく、スポーツもでき、友人が多く、とても魅力的だった。

 どんな大人になっているのかと期待半分、不安半分で出かけた。当然ながら、みんなおばさんになっていた。かつての美人という雰囲気すらなく、ごくふつうのおばさん。

 がっかりもせず、まあそうだろうなという感想。落ちこぼれだった私は、彼女たちとは別グループで、それほど親しかったわけではない。遠くから眺めていただけだった。

 とはいえ、トップをのぞいた他のクラスメイトたちこそ、まさに年齢相応になっていた。なんかの拍子に「私たち中高年が……」と口にしたら、いっせいに「中高年じゃない、老人だ!」と突っ込まれた。自分が嫌っている存在(老人)に自分がなる(避けがたい運命!)というのは不幸なので、なんとか老人を好きになりたいものです。

 で、自分はどうかといえば、改まったおしゃれをするのがいやで、ジーンズにブーツで出かけた。おまけに髪はピンク色……じつに若作りで、かえって老けがめだつ。肥えたともいわれ、一気に落ち込んだ。 



 

 落ち込むといえば、中高年性(老年性というべきか)鬱が悩みのたねである。ネットで「大人は子供みたいに誰かに機嫌をとってもらうのを待っていてはいけない。自分で自分の機嫌をとれるようにするべき」という言葉が広まっていた。

 たしかに毎日の憂鬱な気分を晴らすには日々の小さな工夫が大事だ。好きなものを見つけてファンになり(最近はフィギュアスケートの宇野昌磨くんが私のお気に入り)、スケートのショーを観に横浜へ行ったついでにシウマイ弁当を買って帰り、4月の桜や5月の新緑を愛で、いろどりのよいサラダを作って食べる。ロランギャロス(テニス全仏オープン)のサポーターになったら、そのお礼にロゴ入りのタオルを贈ってきてくれた。こういう小さなことがうれしい。BLコミックスだって気晴らしのために読んでいるのさ。

 でも、気晴らしするのにもお金がいるよね。ひとりで生きる女性は経済力をもたなきゃね。というか、誰でもひとりになる可能性があるんだから、自分の機嫌をとるためくらいのお金は稼ぎたいものです。





 そうやって一生懸命、自分を鼓舞しているのに、テレビや新聞で安倍政治の醜悪さを見せつけられると、とたんに落ち込む。安倍政治、罪が深い。だからといって石破や小泉になってもさらに最悪なのでなんとか頼むよ。経済、外交、内政、社会保障、子育て、男女平等……ぜんぶ落第じゃないか、安倍政治。



(なかの ゆうり)




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