今月のエッセイ 2017年11月
   

江崎リエ【はまって、はまって】……「フォルムが力強くて、思っていたよりもずっと魅力的な山でした」

東郷えりか【コウモリ通信】……「それにしてもなんでタンチョウなんだろう。シマフクロウのほうが」

中埜有理【七月便り】……「豆大福とみたらし団子を買っていく。うまし」

野中邦子【ぐるぐるくん】……「したがって、読後のカタルシスがない」

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コウモリ通信

東郷えりか(2017.11.03.更新)





『ジャパン・パンチ』の表紙画、
『横浜市史稿』より





『じょやのかね』
とうごうなりさ作、福音館書店





神奈川の本覚寺


その207
Magnificent Birds, Narisa Togo 絵、Walker Studio

 ちょうど1年ほど前、駆けだしの絵本作家である娘のなりさのもとに、思いがけない話が舞い込んだ。以前に挿絵の仕事をもらったことがあるイギリスのウォーカー・スタジオから、「野鳥の会」本家とも言えるイギリスのRSPBとの共同事業で鳥の絵本をつくる企画があるので、その絵を描かないかと打診してきたのだ。その後、話が二転三転し、いざ引き受ける段になったら、世界のすごい鳥ばかりを、見たこともないものも含めて18点、難易度の高いリダクション法の版画で、納期は3カ月と、信じ難いような展開になった。

 それからというもの、くる日もくる日も机に向かい、日替わりで絵師と彫師と擦師を兼業するという、娘にとって地獄のような日々が始まった。うちにはもちろんプレス機はないので、ひたすらバレンで擦るしかないが、娘は私よりはるかに骨細で、体重も軽いのでプレス効果は乏しい。『Magnificent Birds』と題された本の表紙と裏表紙には、日本人アーティストを起用したからか、タンチョウが選ばれた。BBCの日本紹介番組でもタンチョウは大きく取りあげられ、イギリス人観光客にとって憧れの鳥なのだそうだが、家にこもって、背中を丸めて日々リノリウム板と格闘する娘の姿こそが、何やら『鶴の恩返し』のようで、「決して見てはいけない」やせ細った鶴を思わせた。

 それにしてもなんでタンチョウなんだろう。シマフクロウのほうがよかったんじゃないか。壁にずらりと貼った試し擦りをぼんやりと眺めているうちに、ふと脳裏に浮かんだものがあった。幕末から明治にかけて、チャールズ・ワーグマンが発行した『ジャパン・パンチ』の表紙画だ。「パンチの守」という鼻の大きな架空の人物の両脇に二羽のタンチョウが侍る少々奇妙な絵が、毎号の表紙に使われていた。ワーグマンはタンチョウをただ日本の工芸品から写したのだろうか。釧路まで行ったとは思えないが、横浜近辺で目撃したのだろうか。広重の「名所江戸百景」の三河島にはタンチョウらしき鶴が描かれている。幕末に来日して克明な日記を残したフランシス・ホールは、1860年1月に江戸へ戻るハリス公使を送って六郷の渡しまで行った際に、「背の高い青と白の鶴が闊歩」と書いた。いまはほぼ九州にしか飛来しないマナヅルだろうか。

 この年11月下旬に、マイケル・モスというイギリス人が狩猟にでかけて雁を仕留めて帰る途中、神奈川湊の近くで役人に咎められ、乱闘になった末に銃が「暴発」して役人の一人が負傷し、モスが奉行所に連行された事件についても、F・ホールは日記に詳述している。モスを救出するために、ヴァイス英領事が武装した横浜の居留民を引き連れて奉行所に押しかけ、プロイセン海兵隊も協力して威嚇し、後日、外国人の逮捕をめぐる規定が設けられたことなどから、治外法権・領事裁判権の問題でよく取りあげられる「モス事件」である。幕末の混乱期には狩猟を生来の権利と主張するイギリス人と多くのトラブルがあった。ヴァイス領事のもとで働いていた横浜の古老も、ある異人が「馬丁を連れて鉄砲打ちに出かけまして、鶴を一羽打って来て、私に料理しろと申しますから、これは禁制の鳥だから、私には手をつけることが出来ぬと断りましたが、異人は、戸部の奉行所へ喚出されて一応のお調べを受けた」と語った(『横浜どんたく』に再録)。ホールが日記に書いたことはもちろん誰かから聞いた話だ。実際にはモスがナベヅルか何かを撃ち、そのせいで役人に見咎められた可能性もなきにしもあらずだ。その事件を古老がやや記憶違いしたのではないか。

 ワーグマンの「パンチの守」はワーグマン自身だと一般には解釈され、後年には確かにそうだったと思うが、もともとはパンチという渾名で知られ、やはり大きな鼻で『ジャパン・パンチ』に描かれていたヴァイス領事や、鶴を保護した神奈川奉行がモデルだったかもしれない。イギリスの絵本の担当者は誰もそんな歴史的背景は考慮していなかっただろうが、世界のすごい鳥の絵本の表紙をタンチョウが飾ったことには、大きな意味があったような気がしてきた。

 ホールが六郷で鶴を見た翌々日は安政7年の元旦だった。「真夜中に寺の鐘が鳴りだし、朝まで間隔を置いて聞こえていた。日本人は少なくとも神奈川では、新年に中国人がやるような派手なお祭り騒ぎをしない。昨晩は各家の戸口に大きな提灯が下げられ、通りが明るく輝いていた」と、ホールは日記に書いた。当時、彼は神奈川の宗興寺にシモンズ医師とともに住んでいたと思われるが、彼が聞いたのはどこの鐘だったのだろうか。線路を挟んだ向こうにアメリカ領事館が置かれていた本覚寺があり、境内にはいまも鐘楼がある。

 じつは、すごい鳥の絵本の仕事が終わった途端、娘は数年前から取り組んできた『じょやのかね』の残りの制作作業に移り、そこからまたひたすら彫っては擦る日々が始まった。ふだん生物や自然を描くことの多い娘にしては珍しく、今度は人間が主人公でお寺が舞台、しかも人一倍、色にこだわりがあるのに、この本は白黒とあって、頭の切り替えがなかなかできなかったようだ。モデルにしたのは船橋のお寺で、娘が小学生のころ、たまたま新聞か広報で除夜の鐘が撞けるお寺が近くにあると知って、毎年詣でるようになったところだ。寒いなか静まり返った暗い夜道を歩いたあとに、赤々と燃える篝火と湯気の立つ甘酒とお腹に染み渡る鐘の音で迎えてくれたお寺は、子供心に強い印象を残したようだ。この本は、初めて真夜中まで起きて、古い年が終わって新しい年がくる魔法の瞬間を見届けようとした幼い日の体験を描いたものでもある。

『じょやのかね』は福音館書店から刊行される。『Magnificent Birds』は、紀伊国屋の洋書専門店である新宿タカシマヤ6F、Books Kinokuniya Tokyoで販売予定のほか、アマゾンでも購入できる。身近な方へのクリスマス・プレゼントにでもしていただけたら、とてもうれしい。
(とうごう えりか)







はまってはまって

江崎リエ(2017.11.03.更新)


西郷隆盛像


鹿児島市立美術館



鹿児島市立美術館所蔵、椿貞雄「桜島」

桜島の魅力

鹿児島水族館から見た桜島
 仕事で鹿児島に行ってきました。翌日朝からのシンポジウムの取材のため前泊だったので、鹿児島市内に着いてすぐに桜島を見に行きました。「まあ、有名だから」と思って見に行ったのですが、フォルムが力強くて、思っていたよりもずっと魅力的な山でした。右上方から煙がモクモクと上がっていて、活火山であることを実感しました。 改めてネットで調べてみると、標高1,117?、面積約80km2、周囲約52km。北岳・南岳の2つの主峰から成る複合火山だそうです。

 翌日のシンポジウム会場は、西郷隆盛像のすぐ近くにある鹿児島市中央公民館。シンポジウム終了後、高台になっている城山遊歩道に行ってみると、家々やビルの向こうに、桜島が大きく見えました。桜島は鹿児島市から海を挟んでわずか4km先に位置するそうですし、風向きによって火山灰が降るのも日常的と聞いてはいましたが、こうして眼前に桜島を見ると、鹿児島市の人たちと桜島の深いつながりを感じました。

 その後2つの美術館を訪ねたのですが、そこにも桜島を題材にした絵が数点ありました。その絵のどれもが素晴らしくて、ますます桜島パワーを感じました。桜島は富士山と違って山のフォルムの中に太い稜線があるので、油絵で描きがいのある山だと思います。すっかり桜島のファンになって帰ってきた鹿児島の旅でした。

(えざき りえ)











ぐるぐるくん

野中邦子(2017.11.03.更新)


訂正原本なのである



 座間市で史上まれな連続殺人事件があった。メディアでは猟奇殺人とよんでいるが、被害者とその遺族の気持ちを思うと、その言葉はあまり使いたくない。

 こういう事件を目にすると、もう10年ほど前に翻訳した一冊の本のことを思いだす。シカゴで起きた連続殺人事件、いわゆる「ホームズの恐怖の館」について書かれたノンフィクションである。それと並行して――というか、私の興味は殺人事件よりむしろこちらにあったのだが――シカゴ万博の着想から計画、建築、それにかかわった大勢の人びとの生涯、そしてシカゴという都市そのものが描かれている。歴史と人間を描いた壮大なノンフィクション作品だった。『悪魔と博覧会』原題はThe Davil in the White City ホワイトシティというのはシカゴの別名。

 ところで、翻訳者なるものは「訳者あとがき」を書かねばならない。翻訳の作業がツラい(私にとっては)だけに、全部終わって、いざ「あとがき」を書くのはわりと好きなのだが、読者のなかには「あとがき」から読む人がいるのでちょっと責任も感じる。

 この本を本棚の奥から引っぱりだしてきて、自分が書いた「訳者あとがき」を読んでみた。毎度思うのだが、なにを書いたかすっかり忘れている。忘れているから、読み直すたびに、われながら、ちゃんとしたこと書いてるじゃないかと自画自賛する。まあ、あとがきだけではなく、翻訳自体も「よくこんなのできたよなあ」と自分で感心することがしばしばなのだが(能天気である)。

 「歴史を読むおもしろさは俯瞰であり、小説を読む楽しみのひとつは共感だろう。この本にはその二つの魅力が混在している」

 というようなことを書いています。そして、作品をタピストリーになぞらえ、シカゴ万博建設の過程を縦糸、殺人犯ホームズの足跡を横糸として、その交差によって複雑な模様が描き出されている、と――なるほどね〜。

  この本は版元から依頼されて、内容紹介のリポートを書くために読み始めたところ、たちまち引き込まれ一気読み、すっかり惚れこんで、ぜひ翻訳をやらせてほしいと頼んだ本でもある(そのわりに売れなかったのが悔しい、ぜったい面白いのに)。

 著者エリック・ラーソンEric Larsonが次に書いたのがIn the Garden of Beasts: Love, Terror, and an American Family in Hitler's Berlin すごく楽しみにして読んだのだが、「デビル」ほどには引き込まれなかった。自分で翻訳したいかどうかといわれると、迷ってしまってゴーサインが出せない。登場する人びとのだれにも共感できなかったのだ。『悪魔と博覧会』と同じく群像劇なのだが、主人公の一人である大使の娘が愚かすぎる! 「デビル」のほうには、無条件で好きにはなれないとしても、いろんな意味で個性的かつ魅力的な人びとが大勢でてきたのに。

 舞台は第二次世界大戦前夜のベルリンで、有名な動物園とその地区の名前であるティーアガルテン(野獣たちの庭=動物園)がタイトルになっている。英訳すればthe Garden of Beasts ですね。この野獣たちとはいうまでもなくナチを指している。ずるずるとナチに権力を譲り渡していくありさまを、その後の「歴史」を知っているだけに忸怩たる思いで眺めるしかないのだ。したがって、読後のカタルシスがない。「デビル」のほうは最後に犯人が捕まることでいちおうの決着がつくんだけどね。ヒトラーの罪は殺人犯のホームズに負けないくらい重いはず。   

 いま、右傾化・軍国化していく日本を見るにつけ、この本に書かれたベルリンを連想せずにいられない。流れにさからえず、大局が見えず、目先の利益や我欲にかられて行動していくうちに、ずぶずぶとナチズムの泥沼にはまっていく。日本が同じ道をたどっているように思えてならない。連続殺人犯もこわいが、日本を戦争という泥沼に引きずり込もうとしている野獣たちのほうが、いずれはもっと大勢の人を殺すことになるだろう。そんな野獣をのさばらせてはいけないと心から思うのである。

 ちなみにこの本は『第三帝国の愛人』(佐久間みかよ訳、岩波書店、2015年)として出版されている。

(のなか くにこ)








七月便り


中埜有理(2017.11.03.更新)




 10月はいそがしかった。毎年のことだが、遊びと社交でおおいそがしなのだ。まず日本で開催される最大の国際テニストーナメント、楽天ジャパンオープンがある。いつもオンラインで交流のある観戦友が年に一回、有明に集合。地方の人は選手と同じ公式ホテルをとって泊りがけで来る人もいる。みんな気合入ってます。とはいえ、私の場合、今回はバブりんも来ないし、抽選チケットは外れるし……で、あまりやる気が出ない。

 それでも、食べるもんは食べるよねー。定番のロティサリーチキン。ビールと焼き小龍包。年に一度のオフ会。応援する選手は違えど、ファン心理は共通。遠慮なくテニス談義ができて楽しい。国際展示場近くのホテルの中華料理店で。総勢10人の女子(?)会。

 

 毎年楽天ジャパンオープンの会期中にある文藝家協会主催の富士霊園墓前祭。今年も行ってきました。この時期、雨が多いのだけれど、めずらしく晴れた。休憩室やレストランのある富士見会館が増築されてきれいになっていた。お土産売り場も充実。富士山サブレを買って、オフ会のメンバーに配った。お昼は、なんとなく食べたくなったラーメンを食べました。

 楽天オープンにいまいち乗り気になれなかった(チケットも買えなかった)ので、準決勝の日はフィギュアスケートのジャパンオープンと同じ日の夜のアイスショー「カーニバル・オン・アイス」を見にさいたまアリーナまで出かけた。予想はしていたけど、会場は寒くなかった。というか、むしろ暑かった! チーム・ジャパンのしょうま目当てだったが、調子があまりよくなかったのが残念。ネイサン・チェン選手がとてもよい。ジャンプだけでなく、すばらしくなめらかなスケーティング。チーム・ヨーロッパのハビエル・フェルナンデスはオリンピックイヤーということで、スペインを意識したラマンチャの男のプログラム。お国柄を出すというのは、いいかえれば普遍性を欠くことにもつながり、一歩まちがえると逆効果の面もあるよね。はにゅうさんのセイメイにも言えるけど、なかなかむずかしい。しょうまは永遠と普遍の粋であるクラシック曲、ビバルディの『四季』とプッチーニのオペラ『トゥーランドット』を選んでいて、正解かと思う。もちろん、クラシック以外のプログラムもいいけどね。

 

 楽天オープン、決勝のチケットも買えず、日曜日は新宿でやっているラテン・ビート映画祭で、『チャベーラ』『ドスオリエンタレス』『ホーリー・キャンプ』を見る。すべて音楽に関連した映画で、それぞれスタイルがちがって、面白かった。若い青年監督2人組みが撮った『ホーリー・キャンプ』がお勧めかな。ほかの2本はドキュメンタリー。映画のおともに、映画館へ行く途中にある新宿追分団子で豆大福とみたらし団子を買っていく。うまし。

 最近ハマっているBLコミックスの好きな作家さんの原画展&コラボカフェへ。マンガの原稿って、思っているよりずっときれい。印刷すると線がつぶれちゃうのね〜。とにかく、漫画家さんはすべて尊敬してます(どんなにへたでもね)!



 ランチの焼き魚定食。銀座の飲み屋街のビルにある和食のお店。オランダから帰国したテニス観戦友を囲んでミニオフ会。ラファが表紙のテニスマガジンをお土産にもらった。こちらからはチェコ土産のチョコレートを。ここでもおしゃべり。このランチは焼き魚のほかに、おぼろ豆腐、てんぷらの小皿、うどんがついて、コスパよし。

 中野南口にフレンチのお店ができたので行ってみた。フレンチなのにカウンターだけという、やや変わった作り。プリフィクスのコースで5000円。キッシュとスープはついていて、前菜とメイン1品ずつを選択。赤ワインのカラフェと食後のコーヒー。アラカルトがないのがちょっと残念。4皿コースだと多すぎるんだよ。味はおいしかった。

 で、遊びに忙しかった10月の締めくくりに那覇へ行ってきた。着いて1日2日は台風で、家にこもっていた。そしたら引きこもり癖が出ちゃって、結局、1週間、家にこもっていた。最長で、出かけたのは国際通りのわしただけ。あとはリウボウで買ったものと家からもっていた食材の余りで自炊生活。のんびりできた。モノレールは沖銀のマスコット、ききらら模様。



(なかの ゆうり)




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