今月のエッセイ 2019年5月
   

江崎リエ【はまって、はまって】……「一日中居られる美術館」

東郷えりか【コウモリ通信】……「男はこうあるべきと決められた社会で」

中埜有理【七月便り】……「風車のあるレストランでマヨルカ料理を食べる」

野中邦子【ぐるぐるくん】……「ネットの向こうにいる対戦相手がなんとナダル!」

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はまってはまって

江崎リエ(2019.05.03更新)



東京都現代美術館入り口



入り口横の広場に設置された作品



宮島達男の赤の数字が点滅する作品

リニューアル・オープンした東京都現代美術館へ


   10連休中の4月30日、3月末にリニューアル・オープンした東京都現代美術館に行ってきた。「朝から小雨模様だし、現代美術だし、お客は少ないはず」という読みは当たって、昼過ぎの美術館は空いていて、ゆっくりと見られた。

 まずは企画展の「百年の編み手たちー流動する日本の近現代美術」を見る。1910年代から現在に至るまでの日本の美術を、この美術館のコレクションを核に並べ直した展示で、見慣れた作品もあって楽しめた。奥の常設展示室では、「ただいま/はじめまして」と題して、これまでの収蔵品と休館中に新たに収蔵した作品を並べたコレクション展が開かれていた。リキテンスタインの「ヘア・リボンの少女」、ウォホールの「マリリン・モンロー」、宮島達男の1から9までの赤の数字が点滅する作品など、前に見たことのあるものを眺めて懐かしく思ったが、新しい作品も数多く展示されていたように思う。

 「私が最初にこの美術館を訪ねたのはいつだろう、確か開館してすぐだったはず」と思ってインターネットで検索してみると、オープンは1995年3月だそう。もう24年も前だ。当時は地下鉄東西線の木場駅で降りて、木場公園の中を延々と歩いてやっと着くという不便な美術館だった(バスはあったが)。2000年に都営地下鉄大江戸線が開通し、清澄白河駅ができたが、この駅からも現代美術館までは歩いて10分以上かかる。それでも、こちらから行くと下町の小さな商店街という風情の深川資料館通りを通るのが楽しかったので、ここから行くことが多くなった。

 と言っても、そんなに頻繁に通っていたわけではない。年に1、2回、面白そうな企画展があると出かけていたのだが、2016年に大規模改修工事のために3年間の休館が決まった。「いつでも行けるけれど行かない」のと「丸3年間は行けない」のでは、気分が大きく違う。愛着のある美術館だったので、2019年3月のリニューアル・オープンを心待ちにしていた。しかし、「オープン当初は混み合うのではないか」と思っているうちにゴールデンウィークになってしまったので、思い切って出かけたというわけだ。

 エントランスのイメージや大枠は変わらないが、新しいカフェとレストランができ、美術図書室はおしゃれになり、屋外スペースにも出やすくなっていた。全体的に、小さな子供連れでも楽しめる工夫がされているように思った。リニューアルコンセプトの一つが「一日中居られる美術館」だというのを何かで読んだが、天気のいい日に居る気になれば、一日中ここで遊んでいられそうだ。美術館前から東京スカイツリーに行くバスも発見したので、次回はスカイツリー観光も一緒に楽しめそうだ。新しくなった現代美術館がたくさんの人に愛されればいいなと思う。

(えざき りえ)











コウモリ通信

東郷えりか(2019.05.03更新)




『科学の女性差別とたたかう』とその原書(左)



その225

 先月『科学の女性差別とたたかう:脳科学から人類の進化史まで』という拙訳書が作品社から刊行された。コウモリ通信で何度か、フェミニズムと科学の本と書いてきたのがこの作品だ。著者、アンジェラ・サイニーは、二歳児を育てながら取材や執筆活動をこなす若い女性科学ジャーナリストだ。インド系イギリス人である彼女は、工学者の父親の影響もあって自然とリケジョになったようだが、インド、イラン、中央アジアなどは女性の科学者や工学者の割合が欧米諸国よりも高いのだという。女性を隠すパルダの習慣が根強い地域にしては意外な事実だ。

 私は自分の世界を広げるために、ジャンルを特定せず、多くの分野の翻訳に取り組んできたつもりだが、フェミニズムもジェンダー論もじつはこれが初めてだった。縁がなかったというよりは、敬遠していたのかもしれない。今回の本はフェミニズム特有の言葉が当然ながら多く含まれ、女性の会話文も多かったため、訳語をめぐっては編集者と三校の最後の最後までバトルがつづいた。

 フェミニズムをどう思うかは、思春期や学生時代をいつどこで過ごしたのかで、大きく左右されるのではないだろうか。改めて考えてみると、私は『メリー・ポピンズ』のミュージカル映画に登場するバンクス夫人の歌、「シスター・サフラジェット」(「古い鎖をたち切って」という邦題で知られる)のイメージを多分に刷り込まれていたのだろう。たすきをかけてデモ行進する女性参政権論者を、女性らしい愛らしさとユーモアを兼ね備えたメアリー・ポピンズと好対照に描いたものだ。「一人ひとりは大好きだけど、集団になると男は何やらバカだと思う」と言い、マンカインドならぬ「ウーマンカインド、立ちあがれ」と、共産主義宣言を思わせるフレーズまである。テレビの初回放送は一九八六年だそうなので、私がサフラジェット(suffragette)という英単語そのものを最初に知ったのは、デイヴィッド・ボウイの「サフラジェット・シティ」だったようだ。この曲の歌詞はいまでもよくわからないが、やわらかい腿で彼を誘惑し、女の性解放を象徴する「彼女」を、「サフラジェット・シティ」と表現したのではないか。

 ウーマンリブ運動の全盛期は、まだ子供だったのでよく知らない。都市郊外の新興住宅地が多い船橋市で高校まで男女共学のごく普通の公立の学校に通い、大学は帰国子女の多いむしろ女性優位の学科で学び、成人すれば選挙権は自動的にもらえ、男女雇用均等法もタイミングよく改正されて大卒女子にも採用門戸は開かれており、会社員時代も強い女性の多い職場に配属され、子育てと仕事の両立という苦労はいやというほど味わったとはいえ、これまでの人生で女であるがゆえに悔しい思いをしたりした経験が少ないのだ。ついでに言えば、子供時代に「女の子だから〇〇しなさい」と言われたこともない。正直言って、フェミニズムへの関心は非常に低かった。

 数年前、『エンゲルス:マルクスに将軍と呼ばれた男』(トリストラム・ハント著、筑摩書房)を訳した際に、エンゲルスの『家族・私有財産・国家の起源』がフェミニズムに大きな影響を与えたことを初めて知った。未開社会のほうが、ヴィクトリア朝時代の文明社会よりも女性は自由であり、尊重されていたことを指摘した彼は、「育児や養育が公共の業務となる」ことの重要性を説いた。ところが、「目的意識をもった聡明な女性で、可愛くもなければマルクス姓でもない人たちは、エンゲルスによる女嫌いのいじめの対象」となっており、彼が「女性の権利についてやかましく叫ぶ、これらの小さいご婦人方」が苦手であったことも同時に知り、苦笑した記憶がある。

 だがフェミニズムとは、たすきをかけて拳を突き上げるバンクス夫人や、あの歌に登場するパンクハースト夫人のような爆弾テロも辞さない過激な活動家の運動だけを指す言葉ではないし、フリーセックスを奨励しているわけでもない。『メリアム=ウェブスター大学辞典』など主要な英語の辞書の定義によれば、フェミニズムは男女の政治的、経済的、社会的平等を主張する理論なのだ。それに反対する理由があるだろうか? そう言えば、エマ・ワトソンが二年前に国連で同様のスピーチをしていた。フェミニズムは女性だけのためのものではない。男はこうあるべきと決められた社会で生きづらさを感じる、多くの男性をも救うものなのだ。

 ところが、日本ではフェミニズムは一般に女権拡張論、女性解放思想とされている。これらの言葉が近寄りたくないウーマンリブの闘志を連想させてきたのだ。拡張も、解放も、女性を現状に押し込めておきたい側からすれば、自分たちの既得の権利を侵害される言葉に聞こえ、余計な警戒心を生むばかりだ。敢えてその効果を狙って、名づけられたのかと勘繰りたくなるほどだ。

 男と女は根本的にまったく違うと考えている人は多いと思うが、本書は人間では生殖器官以外には生まれながらの男女の違いはほとんどなく、とりわけ脳には性差がないのだと主張する。成長した男女に見られる性差の多くは、生まれより、育ちによる社会的なものに起因するのだという。本書では、脳科学や遺伝学、内分泌学といった医学系の分野から、進化生物学や霊長類学、人類学など多岐にわたる観点からこうした問題に鋭く切り込む。それぞれの分野の研究者が真剣に再検討し、著者がインタビューをしたフェミニスト側の研究者たちの見解を再確認するなり、反証をあげるなりしてくれることを期待したい。本書はさらに、多くの科学分野で、研究者自身が男性であるがために見落とされ、偏った見方がなされ、場合によっては歪曲されてきたことも冷静に示す。チャールズ・ダーウィンはクジャクの雄の飾り羽がなぜあれほど豪華に進化したのかを説明するために性選択の理論を考えだしたが、彼が本当に証明したかったのは、つまるところ、男性はより多くの選択圧を受けて進化したため、女性よりも優れているということだったようだ。

 本書の原題は、そうした男性側の往年の主張にたいする皮肉からか、INFERIOR(劣っている)という昨今流行りの短いタイトルが付けられていた。「劣等」などと言われれば、どんな女性でもカチンとくるのではないだろうか。英語の原題をそのまま使う案や、扇情的な「劣等」、「劣位」などの言葉を使うことなども検討したが、「科学の女性差別とたたかう」という平易な邦題に落ち着いた。オフィスキントンの加藤愛子さんが、この原題を銀色で入れたかっこいいブックデザインを考えてくださったので、原題も活かすことができた。ソフトカバーながら、書籍を愛する人たちの思いがこもった、読んでみたくなるいい仕上がりの本になったと思う。書店で見かけたら、ぜひお手に取っていただきたい。
(とうごう えりか)







ぐるぐるくん

野中邦子(2019.05.03更新)


ラファ・ナダル・アカデミー


ミュージアムの入口


トロフィーの数々


バーチャル・テニス
 スペインのマヨルカ島へ行ってきた。スペインの、というか、正確にはカタルーニャ文化圏のバレアレス諸島に属し、かつてはマヨルカ王国として地中海貿易の拠点となり、繁栄した地中海の島である。

  現在は観光がおもな産業で、美しい海と自然が北欧やドイツの人びとに人気を博している。のんびりした島の感じがどことなく沖縄の宮古島に似ていると思った。

 滞在したのはこの島出身のテニス選手ラファエル・ナダルの名を冠したラファ・ナダル・アカデミーのホテル。このアカデミーはテニスだけでなくさまざまなスポーツ選手の育成に力を入れ、アメリカンスクールも併設していて、勉強も教える。参加者は子供たちがおもだが、成人向けの短期教室もある。コートの時間貸しもあり、地元の人向けのスポーツセンターとしても機能している。

 マヨルカは観光で潤っているとはいえ、沖縄の島と同じで、産業や雇用機会の不足は否めない。ナダル・アカデミーはテニスコーチ、メンテナンス要員、レストランやホテルの従業員など、地元の雇用創出に貢献している。受付やショップの従業員は英語が話せることが必須であり、その点も青少年の教育機会が活かされている。

 たまたま故郷のマナコールに帰ってきていたナダルの練習を見ることができたが、地元の慣れ親しんだクレイコートで、叔父さんのトニ・コーチが見守るなか、ナダルは穏やかに、和やかに練習していた。

 ナダルの父や母や妹、婚約者もアカデミーの運営に携わっていて、家族の絆が強いところはいかにも島の文化を思わせる。

 ナダルは引退後もここを拠点にテニスを楽しみ、トーナメントを主宰するなど、さまざまなイベントを続けていくことができる。ナダル本人にとっても、家族にとっても、そして世界中のナダル・ファンにもうれしいことであり、さらに地元への貢献もあるという 本当にすばらしい施設だと思う。これを企画し、実現したチームや企業に感謝したい。

 スポーツ文化の振興ってこういうことだよね。スーパースターを使い捨てにしちゃいけないと思うよ、と日本のいろんなスポーツ連盟の人たちにいいたい。

 今回、アカデミーを再訪したのは、前に来たときまだミュージアムが準備中で見られなかったからだ。壁一面に並んだ数々のトロフィーは壮観のひとこと。ホログラムやバーチャルリアリティも使われていて、そういえばアカデミーにはAIを教える授業もあるという。

 このミュージアムにはスポーツ・エクスペリエンスという体験スペースもあり、バーチャルのテニス、カーレース、ボートレース、自転車競技、スカイダイビングなどを楽しむことができる。とくにテニスは、ネットの向こうにいる対戦相手がなんとナダル! 強烈サーブをうまくレシーブすると得点が入る。これは楽しい! 私もチャレンジして、もちろんこてんぱんに負けたが、たまにポイントを取れると舞い上がる。

 そんなわけで、くだらないメディアの「令和」騒動に巻き込まれることなく、美しい島で過ごしきたゴールデンウィーク前半でした。

(のなか くにこ)








七月便り


中埜有理(2019.05.03更新)



 アエロフロートに乗るのは初めてで、ちょっと不安だったんだけど、思ったよりずっと快適だった。ビールもうまい。文字がまったく読めないのが不思議な感覚だけどね。

 機内食もそんなに悪くない。前菜に寿司まであるし。サフランライス添えの白身魚がとてもおいしかった。

 トランジットでモスクワ初上陸! 到着ゲートから、乗り継ぎゲートまでおよそ30分も歩いた。遠い! 水のラベルも読めない。カプチーノは世界共通だった。

 

 マヨルカ在住の黒木夫妻に案内してもらって、マヨルカの古都シネウへ。風車のあるレストランでマヨルカ料理を食べる。

 風車の下の部屋、石を積んだ壁が独特の雰囲気ですてき。

 お米やカタツムリやアーティチョークや、いろんな野菜を煮込んだスープ。雑炊という感じかな。初めて食べた料理。

 

   マナコールの八百屋の店先。メイデーで市場は休みだったけど、このお店は営業中。アーティチョークのシーズンとのことで、この辺で取れる小ぶりなのが山積みされていた。すごく安い。

 オレンジやスイカも。

 グーグル先生頼みで開いているパン屋さんを見つけ、名物のエンサイマーダをゲット。マヨルカに来たらこれを食べねば。

(なかの ゆうり)




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