今月のエッセイ 2018年9月
   

江崎リエ【はまって、はまって】……「大きな本屋で宝石のような本を見つける可能性はまだまだある」

東郷えりか【コウモリ通信】……「大日如来の冠や舞妓のびらびら簪まで」

中埜有理【七月便り】……「ロブスターロールがどんなものだか知らなかったので」

野中邦子【ぐるぐるくん】……「なめらかな大理石の切り口は『ゆべし』みたいで誘惑的」

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はまってはまって

江崎リエ(2018.09.07更新)











絵本を探す楽しみ


   ずいぶん前の話だが、子供ができて絵本が身近になった。喜びそうな絵本を買ったり、図書館で借りてきたりしているうちに、私の好みの絵本がいくつかできた。その当時、「自分は子供時代に何を読んでいたのだろうか」と思い返してみたが、あまり好きな絵本が思い出せなかった。昔はそれほど海外の絵本も出版されていなくて、「うらしまたろう」「きんたろう」「花咲かじいさん」のような日本昔話か「キンダーブック」のシリーズなどを見ていた気がする。

 息子の時代には、レオ・レオーニ、エリック・カール、谷川俊太郎、瀬川康男などのシリーズが人気で、それらをたくさん読んでやった。私は基本的に色彩の豊かな絵本が好きで、次にストーリーや仕掛けが斬新なもの、なるべく考え方がニュートラルなものを選んでいた気がする。お姫様と王子様など、男女の役割分化は、普通に生活をしていたら自然に刷り込まれてしまうので、なるべくそういう色のないものを選んでいた。

 そんな絵本選びも遠い昔の話になっていたのだが、孫ができて、また本屋の絵本コーナーを見るようになった。本屋には新しい絵本がたくさんあるのだが、パラパラめくってもあまり好きなものがなく、お気に入りの絵本を見つけるのはなかなか難しい。孫の家に行くと、初めて見るとても美しい絵本があるので、大きな本屋で宝石のような本を見つける可能性はまだまだあると思う。誕生日とクリスマスのプレゼントには絵本を贈ってやりたいと思っているので、しばらくは絵本のコーナーを見る楽しみが続きそうだ。

 以下に私のお気に入りの本を数冊紹介しておこう。

「あおくんときいろちゃん」 レオ・レオーニ 抽象的なマルが主人公で、色が重なるという発想がユニークで気に入っている。

「アナンシと6ぴきのむすこ」 ジェラルド・マクダーモット クモ、ハヤブサなどの幾何学的な造形と派手は色彩に目を奪われた。

「ふたり」 瀬川康男 ネコとネズミの追いかけっこが、にたり、ひらり、ばさり、などの言葉とともに見開きで展開される。

(えざき りえ)











コウモリ通信

東郷えりか(2018.09.07更新)




土台に三葉文の付いた
慕容部の金製歩揺付冠飾





藤ノ木古墳出土の
鞍金具の亀甲繋ぎ文



江田船山古墳出土の金銅製飾履。
かつては歩揺が付いていた


その217

いくつかの地図を元に合成した遼西、遼東一帯の地図

 日本の古代史は、手がかりとなるはずの『古事記』や『日本書記』がなんとも意味不明なうえに、解釈を試みる多くの人の渡来人アレルギーが凄まじく、一歩踏み入れるたびに辟易として長らく近づく気になれなかった。ところが、祖先のルーツ探しで北関東の歴史をおさらいした際に、以前に切り抜いてあった上野三碑や埼玉の稲荷山古墳の新聞記事を読み直したことから、多胡碑の「胡」とは何を意味するのか興味をもち、そこから大量の資料を斜め読みし始め、昔読んだ江上波夫の『騎馬民族国家』も引っ張りだしてみた。幕末までたどった祖先の一人は、高麗流八條家馬術を学んでいたので、漠然と高句麗との関係を考えていたのだが、ひょっとすると「東胡」の可能性もあるかもしれない。そう思った理由の一つは、『馬・車輪・言語』を訳した際に参考に読んだ、沖ノ島など、ムナカタの遺跡に関するいくつかの論文だった。図版にステップからの技術を思わされる銅矛などが掲載されていて、遼寧式と書かれていたことだ。そこで、五胡十六国時代についてざっと学び、遼寧式銅剣は春秋戦国時代の燕にいた遊牧民と関連がありそうなことまではわかったが、決定的な参考文献となりそうな本が高額で、図書館にも入っておらず、まだ読めていない。一方、少し時代は下って4世紀から5世紀にいまの遼寧省西部を中心に前燕、後燕、北燕の「三燕」を相次いで建国した鮮卑の慕容部が、日本の古墳時代と奇妙につながりがあることはわかった。そこでこれに狙いを定めて少々調べてみた。以下、その付け焼刃の知識から、頭のなかを整理するために少しばかりまとめてみた。

 3世紀から4世紀にかけて、ユーラシアでは気候が寒冷化して牧草が育たなくなり、遊牧民が次々に南下した。鮮卑とはひどい漢字を当てはめられているが、東洋史学者の白鳥庫吉は、帯鈎(たいこう、帯金具)を意味する古代トルコ・モンゴル語sarbiがその語源の一つではないかと考えていた。三頭の鹿が並ぶ図柄のベルト・バックルや、「晋式帯金具」と呼ばれる龍文や葉文の透かし彫りが施された金具が出土している。ステップの騎馬民族にとってベルトが象徴的な意味をもっていたことを考えると、なるほどと思わせる説だ。鮮卑はいくつかの部(氏族)に分かれており、華北を統一して五胡十六国時代を終わらせた北魏の建国者はその拓跋部だった。上野三碑は北魏や仏教関係者と関連があると言われる。鮮卑は氏族外婚制であるため、母方の血筋が部ごとにかなり異なるらしい。慕容部の始祖とされる莫護跋は3世紀後半にかつての長城の南側の大凌河流域、つまり元の「燕」に移り住み、晋の礎を築いた司馬懿に協力して勢力を伸ばし、その子孫がやはり「燕」の国号で前燕を建国した。羽振りのよい時代には中原にまで進出した三燕国だが、本拠地は遼西の龍城、現在の遼寧省朝陽市だった。慕容部については、『晋書』に、歩くと薄い金属片の葉が揺れる、当時流行の歩揺冠をこの莫護跋が気に入っていたため、歩揺が訛って慕容になった(其後音訛、遂為慕容焉)という説が、真偽はともかく書かれている。中国語だと慕容はMurong、歩揺はbuyaoで似ても似つかないが、ハングルだと容はyong、揺はyo、日本語ならどちらも音読みはヨウなので、鮮卑の言葉はこれに近かったのかもしれない。

 この歩揺冠は、印欧祖語の原郷であるドン川下流のノヴォチェルカッスクにある紀元前1世紀のサルマタイ王女墓や、アフガニスタンの後1世紀のティリヤ・テペ遺跡などにその源流が見られ、日本では藤ノ木古墳や三昧塚古墳、山王金冠塚などから歩揺付きの金銅製の冠が出土しており、新羅からは純金の金冠も6点見つかっている。金銅は、青銅製品に水銀に溶かした金を塗り、加熱して水銀を蒸発させ金を付着させてつくるそうだ。日本では銅も金も8世紀にようやく産出するようになり、錫鉱が見つかったのは確か明治になってからで、辰砂は早くから採掘していても水銀に精錬できていたかは定かではなく、アマルガム鍍金は難易度の高い技術だ。歩揺は小さな飾りだが、歩くと揺れて光るだけでなく、金属音がしたのではなかろうか。質素な土器やb器をつくって暮らしていた人びとにとって、その輝きと音は、文明と権力を何よりも表わす威信財だったに違いない。昭和初めの作であるうちのお雛様は、享保雛と似たような垂飾がゆらゆらと下がる冠をつけている。こんな冠を日本でも実際に使っていたのかと、子供心に不思議だったが、能や稚児行列の天冠にも似たものが見られるし、大日如来の冠や舞妓のびらびら簪まで、その後継種はいまもいたるところに健在だ。日本と朝鮮半島からは、歩揺のついた金銅製の靴も副葬品として出土している。飾履と呼ばれるこうした靴は、サイズが巨大で、底面にまで歩揺がつくなど、実用ではなかったようだ。鮮卑の飾履は本体が革製だった可能性がありそうだ。

 鮮卑の遺跡から出土する「晋式帯金具」の詳しい研究が長年かなり行なわれているのは、4世紀前半とされる日本の新山古墳と、5世紀とされる行者塚古墳からも類似の金銅製帯金具が見つかっており、早期における東アジアの交流の証拠となっているからだ。日本で出土した帯金具についている文様は、「三葉文」と呼ばれている。三葉文は前燕建国前の晋代のものとされる十二台のM8713号墓や房身村2号墓から出土した樹状の金製歩揺の土台にも見られる。金沢大学考古学紀要32の大谷育恵氏の「三燕金属製装身具の研究」(2011)には多くの写真が掲載されており、参考になる。生命の樹を表わしたこの装飾は、土台の四隅に小さな穴があり、布製の冠に縫いつけた金?(きんとう)と考えられている。最初に見たとき、この文様はそれこそ燕ではないかと思ったが、中央の突起のない「双葉」になることもあり、パルメットの東アジア版の忍冬唐草文、つまりスイカズラ属のつる草と考えられているそうだ。鮮卑に忍冬はしっくりこないが、中国語でも金銀花と呼ぶようなので、鮮卑の金ピカ好きを反映するのかもしれない。これは仏教と関連して西域から伝わった文様のようだ。三燕時代の墓とされる遼寧省北票市の喇嘛洞墓地から出土した帯金具には、これとそっくりなものと、少し異なるものがあり、前者が晋朝の官営工房でつくられ、後者は三燕での模倣品と考えられている。鮮卑はステップや西域の文化を身につけてきたように、漢文化も積極的に取り込んでいたのだ。新山古墳の年代が4世紀前半だとすれば、その帯金具を日本にもたらしたのは誰だったのか。

 細々と書いたらきりがないが、馬関連で何よりも気になるのは、6世紀後半の藤ノ木古墳から出土した金銅製鞍金具と、朝陽市十二台88M1墓出土の鞍金具の文様の類似だ。金銅製で亀甲繋ぎ文に透かし彫りという点は、無関係とは思えない。しかも、それぞれの角に円形の飾りが付いている点までそっくりだ。亀甲繋ぎ文は飾履にも刻まれていたので、なおさら興味がわく。ネットで調べる限り、慶州や大邱の遺跡からも類似の鞍が出土している。三燕の鞍金具と日本で出土するものとのあいだには、型式上で若干異なる部分があるようで、朝鮮半島を経由して技術が伝わる過程で型式が変化したのではないかと、『三燕文化の考古新発見』(飛鳥資料館)には書かれていた。

 鮮卑に関連した遺物は、中国でも江蘇省から広東省まで広範囲で見つかっているという。高句麗を経由せずに新羅や伽耶に鮮卑の文化が伝わったのは、黄海の交易に従事していた海洋民がなんらかの形でかかわっていたとも考えられている。いずれにせよ、古代の謎は簡単には解けそうもない。気長に調べていくことにしよう。
(とうごう えりか)







ぐるぐるくん

野中邦子(2018.09.07更新)


クーラーが効いていてほっとした


ジブリの世界を思わせる


うちにもある「あかり」


チケットは自動販売機+カードで買える


おなじみ〈空間の鳥〉


クイーンズ美術館

ぐるぐるグッゲンハイム美術館


 先月の当欄では「ペギーが行方不明」と書きましたが、グッゲンハイムつながりで、ペギーの伯父さんソロモン・グッゲンハイムが建てたニューヨークのグッゲンハイム美術館を見てきました。

 前にNYへ行ったときは、メトロポリタン美術館長だったトマス・ホーヴィングの『謎の十字架』の仕事をした直後だったので、メトロポリタン美術館と北のほうにある別館クロイスターズを訪ねるのが主目的で、グッゲンハイムはパスしちゃったのです。この次来たときに行けばいいやと思って、いつのまにか20年以上もたっていました。

 そんなわけで、今回の第一目標です。

 もう、あの円形の外観が目に入ったとたん、感動です。「いやー、これ好きだわー」という感情がふつふつと。中に入っても、中央に大きな空間をとった吹き抜けのぜいたくさ、ゆるいカーブの弧を描いた壁面、天井のガラス、どれもこれもおしゃれで、モダン。気に入りました。 企画展はジャコメッティの彫刻展。東京の新国立美術館でも見たばかりで、内容はダブるものが多かったけれど、場所がちがうとずいぶん印象が変わる。ここでは、禁欲的なところが薄まって、むしろユーモラスで、おおらかな感じがする。

古書店のストランド


 ニューヨークにはたくさん美術館があるけど、今回はジャコメッティとの連想もあり、クイーンズにあるノグチ美術館へ行くことにした。タクシーの運転手さんも場所を知らないみたいで、ハドソン川沿いの倉庫街みたいな場所を探しながら、美術館の前まで行ってくれた。入場料は10ドル。庭にも作品があり、簡素な空間にノグチの作品がとてもマッチしていた。

2階には「アカリ」シリーズも展示されていて、ここにもユーモラスな雰囲気があふれる。日本で見たときはそうでもなかったんだけど、ここで見ると、ノグチの作品ってセンシュアル(官能的)なところがあるな、と。なめらかな大理石の切り口は「ゆべし」みたいで誘惑的です。

 たまたまMOMAでブランクーシの彫刻展をやっていることがわかり、ノグチつながりで見にいくことにした。ひと部屋だけの小ぢんまりした展示でしたが、ブランクーシ好きの私には大満足。〈空間の鳥〉もちゃんとありました。

 クイーンズ美術館も前まで行ってみたんだけど、なぜかクローズしていて中は見られず。

Welcome Book Lover


 いま翻訳中の本に出てくるストランド書店へも行ってみました。ユニオンスクエアから南に下がったところ。有名なキャッチフレーズ〈18 miles of books〉も壁にあり、入口のドアには〈Welcome Book Lovers〉という言葉が掲げられています。お客が大勢いて、混んでいました。本は買わず、トートバッグとモレスキンの手帳と鉛筆だけ買う完全にツーリストの私。


リアル書店 not virtual


 もう一軒の有名な書店〈amazon books〉はエンパイアステートビルの真ん前にあります。ここにはトートバッグがなくて、かわりにコンピューター関連のガジェットが売られていました。biographyの棚には、私が昔訳したベリル・マーカムの『夜とともに西へ』の原書があったりして、ちょっとうれしい。

(のなか くにこ)








七月便り


中埜有理(2018.09.07更新)




 ニューヨークへ行ってきました。ざっと四半世紀ぶりくらいです。JFK空港からマンハッタンへ向かっているとき、ちょうど日没でした。わくわくします。
 ホテルはちょっと贅沢をして、ミッドタウンのグランドハイアットにしました。グランドセントラル駅のすぐ隣にあって便利です。ホテルの前でタクシーから降りたとたん、NY在住の友人とばったり遭遇したのは驚き。いっしょに夕食をとろうということになり、チェックインをすませ、その後、ホテルのレストランでニューヨーク・スタイルのピザを分けて食べる。皮は薄めでおいしかった。
 翌朝もホテルのレストランで朝食をとりました。玉子2個のスクランブルにクリスピーべーコンを追加、トーストの種類(白パンかライ麦パン)を指定し、フルーツかポテトのどちらかを選べるのでフルーツにしました。オレンジジュースは必ずついて、コーヒーはお代わり自由です。42丁目を見下ろす二階のカフェで。

 

  〈ディーン&デルーカ〉のロブスターロール(写真手前)。『キッチンコンフィデンシャル』の翻訳をしていたときは、ロブスターロールがどんなものだか知らなかったので、実物を食べることができて感無量。
 ニューヨークといえばクリームチーズとサーモンをはさんだベーグルは外せません。ベーグルの店〈Zucker's〉がホテルのそばにあったので朝食をとりに行きました。ここでもベーグルの種類やはさむ具をいちいち選ばなければいけない。コーヒーもシュガーやルクの要不要からカップの大きさまで言わなければならず、英語が苦手だとハードル高いです。
 グランドセントラル駅のマーケットにお寿司屋さんがあったので、スパイシーツナ、マグロとサーモンの握り、アボカドロールのセットを買ってきて、ホテルの部屋で食べました。インスタント味噌汁もある。量り売りのポテトサラダを添えて。スパイシーツナはピリ辛ソースがかかっています。

 

 クロワッサンにザクロの実入りのヨーグルト、カフェラテ。ザクロの実がすっぱくておいしい。オーガニックのカフェや食材店が増えていました。
 やはりマーケットで調達してきたエビのタコス、お米のサラダ、蒸しチキンにハイネケンビールで夕食。
 アメリカといえばハンバーガーを食べねば。ということで、チーズバーガー。



 グランドセントラルにあるハンバーガーショップ〈シェイクシャック〉のハンバーガーはパテがとてもジューシー。
 アメリカといえば、ドーナツも欠かせません。〈ドーナツ・プラント〉のピーナツバナナクリーム、大きくて四角い。
 ずっとジャンクフードばかりでしたが、ようやく友達と合流して、ギリシャ料理店でちゃんとした食事ができました。ワインといっしょにギリシャ風の前菜(ヒヨコマメのペースト、ピクルス、オリーブなど)、写真はギリシャ風サラダ(フェタチーズが美味)、



 ポルトガル風イワシの塩焼き、ラムチョップ(焼き野菜添え)など。
 最後の日は、締めくくりに老舗〈ベンジャミン・ステーキハウス〉へ。私の好きなのはフィレミニョン、焼き方はミディアムレアで。どっしりと噛み応えがあってうまい! サイドディッシュはサワークリーム添えのベイクトポテト、グリーンサラダ。ミニトマトにフォークを刺そうとしたら、滑って床にすっ飛ばすという失敗。
 ニューヨークって、美味しいものが食べられるし、エンターテイメントの種類も豊富だし、超高層ビルはかっこいいし、買いたいものもいっぱいで楽しめそう……ただし、お金があれば、の話ですね。



(なかの ゆうり)




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