【はまって、はまって】バックナンバー 2016年  江崎リエ(えざき りえ) 

2015年2014年2013年2012年2011年
2010年2009年2008年2007年2006年2005年2004年2003年2002年2001年







はまってはまって

江崎リエ(2016.01.04..更新)











お正月に十二支を思う

 十二支が脚光を浴びるのは、毎年暮れから正月にかけて。今年の干支を思い返し、次の年の年賀状の図柄を考える時くらいでしょう。それでも、自分の生まれた年の干支を覚えている人は多いのでしょうね。私は干支の歴史も文化背景も知りませんが、それでも「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」の十二支の順番を覚え、毎年お正月になるとその年の干支の動物を玄関に飾っています。

 私の祖母は、猪年生まれは猪突猛進、鼠年生まれは動き回ってまめ、どの年とどの年は相性がいい、などと言っていましたが、現代ではそういう話もあまり聞きません。生まれ年の干支が日常生活に影響を及ぼすとは思えませんが、それでも年の初めにそれぞれの動物に象徴される年の未来の考えるのは面白いものです。

 いつから正月飾りを始めたのか覚えていませんが、今年の干支の「猿」は私が12年前に銀座松屋の個展で気に入って買って来た女性作家の作品です。そこで、これまでに集めた干支の正月飾りを戸棚の中から引っ張り出して写真を撮ってみました。1枚目はネズミの土鈴とオーストラリアで買った鶏の飾り。鶏の中にはお米が入っています。2枚目は牛、兎、龍。3枚目は羊、猿、犬。4枚目はペンシルの頭に乗った蛇です。足りないのは虎と馬と猪。これらの年は何を飾っていたのだろうと考えてみましたが、全く思い出せません。虎の時は、好きなイラストレーターの虎の絵を飾っていたような気もします。

 玄関に正月飾り始めた時は、これが一巡することは想像していませんでした。12年はあっという間に経ったということですね。次に続く鳥と犬はあるので、お気に入りの猪を探しながら、今年を健康に楽しく過ごしたいと思っています。

(えざき りえ)







はまってはまって

江崎リエ(2016.02.03更新)



買ってきた「ときめくコケ図鑑」


苔寺・西方寺のお庭の苔


大徳寺・龍原院のスギゴケ


苔を知りたい

 京都に行くたびに「苔が美しい」と思い、アップで写真を撮ったりします。苔にも色々な形があり、たくさんの種類があることはわかりますが、名前も知らず、生態も知らずに終わっていました。しかし、たまたま寄った本屋で「苔図鑑」「苔観察日記」のような本を見つけ、その中の一冊「ときめくコケ図鑑」というのを買ってきました。
大徳寺塔頭の苔
何種か混じっているのかな

  苔にはスギゴケのようにミニチュアの木のような形をした蘚類(せんるい)と、ゼニゴケのように柔らかくてぺちゃっとした苔類(たいるい、コケの音読みってタイなのね)、胞子体が動物の角のような形をしたツノゴケ類の3種があるそうです。スギゴケとゼニゴケはイメージできますが、ツノゴケは見たことがないような気がします。苔も草木のように春に新芽が出たり胞子体伸びたりするので、観察するなら春が面白いそうです。「10倍ルーペを持ち歩いて、苔を観察せよ」とも書いてあります。今度京都に行く時は、10倍ルーペ持参で行こうと思っています。

清水寺の石壁の苔
よく見るけれど名前はわからず

 本の後半は苔図鑑になっているので、これまでに京都で撮ったものから、苔の写真をピックアップしてみました。しかし、名前を見つけるのは難しく、スギゴケしかわかりませんでした。苔ばかり見てお庭を見ないのはつまらないけれど、お庭を味わうと同時に足元の苔の名前もわかるようになると、庭めぐりが一層楽しくなりそうです。
(えざき りえ)







はまってはまって

江崎リエ(2016.03.02更新)



写真集「しかしか」石井陽子
 リトルモア 1600円+税
奈良は鹿の街?

 先日、ネット仲間からメールをもらった。昔のパソコン通信仲間の一人が鹿の写真集を出して注目を集めているという。早速その写真集を買ってきた。この写真集には奈良と広島の宮島の鹿が写っているのだが、人が全く写っていないので、鹿が街を占拠しているような不思議な雰囲気の写真になっている。この撮り方をしたところと、書名の「しかしかDear Deer」、肩書きの「しか写真家」という音の語呂のよさが独特の魅力を作り出していて、仕掛けのうまい写真集だと思う。

 しかし、この写真集と奈良の鹿について、フランス人の友人に説明するのはちょっと大変だった。ネットで調べて、ざっと以下のような説明をした。奈良は京都や大阪と違って鄙びた街であり、中心には600ヘクタールの広さの奈良公園があり、そこに約1200頭の野生の鹿がいる。奈良では昔から「鹿は神の使い」と言われて大事にされてきた。故意でなくても、鹿を殺した者は厳しく罰せられた時代があったので、街の人は神への敬意と罰への恐怖から鹿を大事にし、街中を自由に歩かせていた。現在、奈良の鹿は国の天然記念物に指定され、奈良市に保護されている。野生の鹿は、普通は人に近づかないが、奈良の鹿はこれまでずっと人に大事にされてきたので、人を恐れない。そのため、「鹿が間近で見られる」と観光客に人気で、奈良の観光資源にもなっている。

 鹿の写真を見ていると、人懐こさだけでなく鹿という動物のもつ美しさが人の心を惹きつけるのだろうと思う。前に奈良に旅行に行った時に感じたのだが、奈良の人たちの鹿との付き合い方には独特の穏やかさがある。私が泊まった宿の入り口には高さ30センチほどの横木があり、それをまたがないと奥に行けないようになっていた。これは鹿が敷地内敷地内に入るのを防ぐためだと言う。喫茶店でコーヒーを飲んでいると鹿が通りから入り口を覗いていたこともあったが、店主は店を出て鹿の様子を見るだけで追い払おうとはしなかった。奈良公園近くの売店で品物の匂いをクンクン嗅いでいても、それ以上何かしなければ、鹿はほっておかれる。「入られたくないところには横木を置く」「迷惑というそぶりは見せずに観察する」「よほどの実害がなければ、したいようにさせておく」という対処の仕方も奈良の魅力のように思える。鹿だけなくこんな奈良の人たちと触れ合うのも旅の楽しみの一つだろう。
(えざき りえ)







はまってはまって

江崎リエ(2016.04.07更新)



市ヶ谷の土手の桜

近所の公園で

善福寺川緑地の桜
何があっても桜は咲く

 桜の季節になると、いろいろなことを思い出す。毎年祖母が「来年の桜を見られるかねえ」と言いながらお花見をしていた話は前にも書いたが、この言葉を思い出すときの私の感じ方は、年を重ねるにつれて変化している。子供の頃は「悲しいことを言う」と思っていたが、大人になると「来年生きている保証はない」というのが当たり前に感じられて、「その通りだよね」と思うようになった。もっと年を重ねてみると、「祖母は本気でそう思っていたわけではなくて、ちょっと言ってみただけ、周りの反応を眺めて面白がっていたのかもしれない」と思う。年をとって、そんな心理が分かるようになった気がする。そんなことを考えながら、暖かくてお天気のよかった3月末に、あちこち歩いてお花見をしてきた。

 まずは、飯田橋から市ヶ谷、四谷までの線路沿いの土手を歩いてみた。桜はまだ二分咲きくらい。ウィークデーの昼間なので、シートを敷いてお花見の宴会をやっている人は少なく、花見散歩の勤め人やお年寄りが多かった。次は家の近所を散策。あちこちに桜が植えられているので、近所を歩くだけでもそれなりに花見ができる。自宅の庭に桜の木があるのは羨ましい。そして、今日(3月31日)は阿佐ヶ谷近くの善福寺緑地へ。ここは私の散歩コースで、毎年花見に来ている場所なので、いつも眺めている桜の木が見違えるように華やかになっているのを見るのはうれしい。三分咲きから七分咲きくらいまで開花の度合いはいろいろだったが、木の数が多いのですばらしい風景だった。風がなく暖かい日だったで、シートを敷いたり、腰掛けたりしながら食事やおしゃべりを楽しむ花見客がたくさんいた。花びらが散る桜の下に座って、そんな周りの人たちを眺めるのもよいものだ。花を眺めて飲み食いする人たちは、皆よい表情をしていて心が和む。

 悲しいことがあっても、うれしいことがあっても、毎年春になると桜が咲く。その花を眺めながら、人の思惑などには関係なしに時は流れていくものだと思うと、自分の感情の起伏が小さなことに感じられて「そうね、また次の桜まで淡々と時を過ごそう」と思う。晩年に祖母の言っていた「来年の桜」にも、こんな思いが込められていたのかもしれない。
(えざき りえ)







はまってはまって

江崎リエ(2016.04.28更新)



京都御苑南側の桜


京都御苑北西の桜


六角堂
京都のしだれ桜


平安神宮神苑

 4月2日から4日まで、京都に桜見物に行ってきました。3月末に東京でお花見を満喫したのですが、京都の花見はまた別。京都のよさは、見事なしだれ桜に出会えることです。今回の目当ては平安神宮神苑のしだれ桜。紅葉の季節にここに来た時に南神苑にしだれ桜の木がたくさんあるのを見て、「盛りの時期に訪ねたら夢のような世界に違いない」と思ったので、一番にここを訪ねました。予想通り、美しいしだれに出会いましたが、まだ少し早め。満開になるのは一週間くらい後のようでした。

 翌日は嵐山へ。天龍寺百花苑のしだれ桜を眺めました。しだれ桜は枝が垂れている桜の総称で、花色も濃い紅色から薄い紅色まであり、それぞれに名前が付いていますが、なかなか覚えられません。ちょっと調べたところ、染井吉野の寿命が70?80年なのに対して、しだれ桜の寿命は300年だそうです。しだれ桜の方が長生きなのですね。


仏光寺

 3日目はホテルの人に教えてもらって、近くの仏光寺へ。3本のしだれ桜がありましたが、どれもあまり開いていませんでした。枝を広げるための竹の造形も面白いと思いましたが、これの名前はなんというのでしょうか。その後は京都御苑へ。雨上がりで緑の香りが心地よく、ここでは満開のしだれ桜をたくさん見てきました。三条に戻って食事の後、近くの六角堂へ。ここは気まぐれで寄ったのですが、思いがけず見事なしだれが満開でびっくりしました。御幸桜という名前だそうですが、六角形の梁一面に広がって、美しい姿を誇っているようでした。

 しだれ桜を見ながら、あちこちで染井吉野の満開もたっぷりと味わいました。人も多く、西洋系、東洋系の外国人も桜を楽しんでいる様子で、「桜を見る笑顔を見る」のもいいものだと思いました。また来年、桜見物に来たいものです。
(えざき りえ)







はまってはまって

江崎リエ(2016.05.25.更新)



Dust CATCH


AIR touch


ホルダー消しゴム MONOワン


コクヨのカドケシ
消しゴムの進化に驚く

 何の気なしにテレビをつけたら、トンボ鉛筆の会社の紹介番組をやっていた。鉛筆の紹介をしているのかと思って見ていたら、紹介されているのは消しゴムだった。トンボの高級鉛筆「MONO100」のおまけに付けていた消しゴムが人気を呼び、「MONO消しゴム」として販売されるようになったという。私はずっと鉛筆を愛用しているので、この「MONO消しゴム」を子供の頃から使っている。親近感を持って見ていると、MONO消しゴムの新製品が次々に映し出されていった。一つ目は「ダストキャッチ」という名前の消しゴム。名前の通り、消しクズが消しゴムにくっつくので、机の上が汚れない。二つ目は「エアータッチ」。力を入れなくても文字が消せるという。3つ目は鉛筆状のホルダーに入った細い消しゴムで、ピンポイントで消したい文字が消せるという。

 「ええ、すごい。知らない間に消しゴムが進化している」と驚いた私は、翌日に駅ビルの文房具店に行ってみた。そこはなかなか面白い世界で、消しゴムの種類が豊富なだけでなく、ボールペンも付箋もクリップも面白そうなものがいろいろとあった。しかし今回は、とりあえずの好奇心を満たすため、ダストキャッチ、エアータッチ、鉛筆形ホルダーはなかったのでクレヨンくらいのホルダーに入った円筒形のもの、そして名前だけは知っていたコクヨのカドケシを買ってきた。一番試してみたかったのは「消し感ゼロへ」というキャッチフレーズが付いているエアータッチ。紙との摩擦を40%減らしたそうで、力を入れずにすっと消せるのが心地よい。ダストキャッチは消しクズがまとまって、本当に消しゴムにくっつくので机の上が汚れない。「おお、両方ともすばらしい」というのが、使ってみた感想だ。円筒形のものは特に目新しさはないのだが、ホルダーに入っているのでペンシルケースに入れておいても鉛筆の芯に当たって消しゴムが汚れないのが気に入っている。カドケシは「角がたくさんあれば消しやすいだろう」という発想で作られた商品で、一時いろいろなメディアで取り上げられていたが、実際に使ってみると、それほどの便利さは感じなかった。でも「角が28カ所ある」と書いてあったので数を数えて確認したし、形も面白いので、プレゼントにはいいかもしれない。

 というわけで、今、我が家には消しゴムが沢山ある。こうした新商品を試すのは楽しかったので、しばらくは文房具店を頻繁に訪ねて面白そうな新製品や発明品を探したいと思っている。
(えざき りえ)







はまってはまって

江崎リエ(2016.07.03.更新)



てんとう虫の本






竹工芸朱竹堂の虫かご、
祖母のと似ています
好きな虫たち

 東京育ちなので大自然の中を駆け回った経験はないが、子供の頃は虫が好きだった。昔の東京は窓を開けておけば、けっこう色々な虫が飛び込んできた。「最近、虫に関心を持っていなかったな」と思ったので、好きな虫たちを挙げておこうと思う。

てんとう虫とカナブン
 窓から飛び込んできて嬉しいのはこの2つ。てんとう虫は橙色に黒の点、または黒地に橙色の点があって、その模様が不思議で好きだった。カナブンも体の光沢が好きだった。私はキラキラ、ツヤツヤしたものが好きなのかもしれない。同じコガネムシ科でも体が大きいカブトムシにはそれほど魅力を感じない。なぜなのだろうと考えてみたが、よく分からない。大きいと生き物としての存在感があって怖いのかもしれない。

アリ
 近くの公園でアリの巣穴を見つけては、周りを動くアリたちを眺めていた。キャラメルを落としてアリが群がる様子を眺めたり、アリの行列についていったり。時々は小枝でアリの巣を壊したりもしていたが、翌日になると元に戻っているので、安心できた。先日テレビで、アリとアリの飼育キットをネットで売っている店が紹介されていて、けっこう注文が多いと言っていた。アリの巣穴の中を見てみたいと思うが、生き物を飼う気はしないので、アリの生態が見られるような施設があれば行ってみたい。

鈴虫
 私が子供の頃、祖母が趣味で飼っていた。家の二階の祖母の部屋の台所の暗がりに巣箱を置いておくと、夜にリーンリーンと鳴いていた。最初は虫よりも竹で組まれた虫かごが好きだったのだが、祖母に頼まれてきゅうりを取り替える係をやっているうちに虫にも興味を持った。翅をすり合わせて音を出す様子を見て、「この世界には不思議な生き物がたくさんいる」としみじみ思ったのを思い出す。毎年鳴いていたから、祖母は卵を孵していたのだろうか。祖母とは同じ部屋で寝起きをしていたのだが、今考えると知らないことがたくさんある。

クモ
 これは昆虫ではないけれど、足があって動くから虫だね。そう思って「虫」の定義を調べたら、「人類・獣類・鳥類・魚貝類以外の小動物の総称。特に昆虫を言う(大辞泉)」ということだった。ちゃんとした分類では節足動物。子供の頃はクモが網を作るのを見るのが好きだった。前に住んでいたマンションの部屋にはジグモ(ツチグモともいう)がいて、リリアン編みのような袋状の巣を作っていた。体が小さくて脚が短いずんぐりしたクモなので、なかなか愛嬌があって好きだった。

ダンゴムシ
 これも昆虫ではなくて甲殻類。これは子供の頃に大好きだった。石の下や落ち葉の下にいるのを集めて、触って丸まるのを見て喜んでいた。虫にしたらいい迷惑だよね。たくさん集まった時の褐色がかった灰色の微妙な色の違いも好きだった。今考えると、色に魅力を感じて好きになった虫も多かったと思う。

カタツムリ
 子供の頃、コンクリートの壁などにくっついているのを取ってきて、板に載せて競争させたりして遊んだ。これは虫ではないよねと思って辞書を引いたら陸生の巻貝だそう。私は1日遊ぶと放り出していたが、息子は幼稚園の時にカタツムリを飼っていた。これはちゃんと卵を産んで、米粒くらいの殻も透明な赤ちゃんカタツムリが山ほど生まれて感激した。

 梅雨の雨が続くと、雨上がりに虫を見る機会が多くなる。7月初めは子供の頃好きだった虫たちを探しながら、湿気の多い街を歩きたい。


(えざき りえ)







はまってはまって

江崎リエ(2016.08.03.更新)



ローズ色にラメ




六角形に黒のドット


人差し指はフレンチにシール
マニキュア、楽しいんだけどね

 月に一度、フランス語のクラスで会う友人が最近はやりのジェルネイルをしていて、いいなと思っていました。マニキュアは若い頃はしていましたが、塗ると爪が重くなり、なんとなく重さが気になって30代を最後にやらなくなっていました。この友人から「ジェルネイルは楽でいいわよ」と聞いて一度試してみようと思いましたが、価格が7千円近いので躊躇。結局、昔ながらのマニキュアを試してみることにしました。やってみたら、これがなかなか楽しい。指先にきれいな色があるだけで、気分がウキウキします。最近はラメやらビーズやらシールやら、爪を飾る色々な道具があり、それらを買い揃えて、さまざまな色とシールの組み合わせを試してみるのが楽しい毎日でした。

 しかし、色や模様を変えながら塗り続けて3ヶ月が経った時に、爪の先1cm下くらいに横に線が出るのに気付き、爪が痛んでいるようなのでマニキュアはお休み。手の爪は10日で3mm伸びるそうなので、3ヶ月休んで線が消えてから再開しようと思っていました。今は3ヶ月とちょっとが経ったところで、その横線が爪の先端に来ているのですが、横の線は爪が雲母状に割れた線だったようで、すぐに欠けたり、縦に割れ目が入ったりします。もうちょっとの我慢できれいな爪になりますが、今はストッキングを履くときに引っかかって最悪の状態。一度健全な爪に戻してから、これからは楽しみたいときだけにマニキュアを塗って落として、を繰り返して、爪の状態をよくしたいと思います。

 今回の新しい発見は、指先にきれいな色があるだけで心がウキウキするということ。指先は終始目につくので、気分を上げる効果は絶大です。これからは爪を守りながら、色々と楽しみたいと思っています。
(えざき りえ)







はまってはまって

江崎リエ(2016.09.01.更新)



ルノアール展


バカルディのパークカフェ


販売ブースの看板
モヒートを味わう
モヒートとソーセージ
 最近、雑誌やメトロのPR誌などで、モヒートの特集を数回見かけた。氷の入った透明なグラスに透明な液体が入っていて、小さな泡粒が見える。グラスに浮く数枚のミントの葉が見るからに涼しげだ。私は甘みのあるカクテルはほとんど飲まないが、モヒートは暑い夏にはとても美味しそうに見える。

 先日、思い立って六本木の新国立美術館に「ルノワール展」を見に行った。新国立美術館の中にもカフェスペースがいくつかあるのだが、けっこう混んでいたので東京ミッドタウンの公園に行ってのんびりすることにした。公園入り口のスペースには小川が流れ、足湯ならぬ足水で涼が取れるイベントをやっていた。奥に進んでいくと、芝生広場の手前のミッドタウンガーデンにバカルディのモヒートカフェがオープンしていたので、そこで一服することにした。

 ここでちょっとモヒートの復習。モヒートの発祥はキューバのハバナ。ラムをベースに、ライム、ミントの葉、ソーダ水、砂糖を加えた冷たいカクテル。ヘミングウェイが愛飲していたという。ラム酒といえば、私は琥珀色のマイヤーズ・ダークラムが好きなのだが、モヒートの場合は色が白い方がいいのでホワイトラムを使うようだ。バカルディはモヒートの売り込みに力を入れていて、缶入り、瓶入りのモヒートも発売している。

 ミッドタウンのオープンカフェは、木々の下、斜めになった芝生の上に木のテーブルとチェアを置いたもので、通り抜ける風が心地よい。汗だくでお腹が空いていたので、冷たいモヒートとソーセージがとても美味しかった。実はハッカの香りも好きではないのだが、ストローの先でコップの中のミントの葉を突ついて香りを立てるのも楽しかった。甘いカクテルとミントの葉という普段なら敬遠する組み合わせが心地よいと感じられる、暑い夏の昼下がりだった。
(えざき りえ)







はまってはまって

江崎リエ(2016.10.01..更新)



イチジクの思い出

 数十年ぶりにイチジクを買ってみた。毎年、季節になるとイチジクがスーパーに並び、それを懐かしく思いながらも買ったことがなかった。というのは、イチジクは私にとっては特別な果物だから。今年たまたま、「買ってみようか」と思った理由は自分でもわからないのだが、心境の変化の記念にイチジクの思い出を文章にしようと思う。

 イチジクは母方の祖母の家の庭にあった木で、イチジクというとこの祖母を思い出す。母の実家は北千住の先にあり、私は小学生の頃は弟二人と一緒に夏休みに祖母の家に数日泊まりに行っていた。私の家には父の母が同居していて、私はおばあちゃん子でこの祖母に可愛がられていたので、「北千住のおばあちゃん」は、年に一度会いに行くちょっと遠い存在だった。このおばあちゃんの横にいる「おじいちゃん」は頭がツルツルで、朝から一升瓶を抱えて飲んでいて、こちらもちょっと遠い存在だった。この家の庭は広く、家庭菜園というには大きな畑があって、私たちはその畑でジャガイモやニンジンを掘ったりした。養鶏もやっていて、卵を集めに行って、生みたての卵の温かさを感じたりした。近所に住むいとこたちと小川でどじょうを取ったり、緑の水田に大きな白鷺が下り立つのにびっくりしたりもした。つまり、東京の真ん中の新宿に住んでいた私にとっては、北千住の半農家のような祖父母の家での体験は、「ワンダーランド体験」だったわけだ。

 中でも私が一番好きだったのが、庭に生えているイチジクをもいで食べる体験だった。手の届かないところにあるイチジクを祖母に取ってもらって、手でむいて食べる。その甘さに感激して、また取ってもらう。今考えると、それほど大きな木でもなかったと思うのだが、私たちはたくさんのイチジクを食べた。祖母は孫3人の食欲に満面の笑顔だったと思う。イチジクの味とともに気に入っていたのが、葉を取ったり葉脈を折ったりすると、そこからミルク色の汁が出ることだった。裏に毛がたくさん生えた手の平のような形の緑の葉を取ると、切り口から白い液が出る。血のように丸い玉になるのに、色は白。私は、生りたての果物をもいで食べるという初体験とともに、この乳汁の不思議さに惹かれていたのだと思う。

 その後、祖母は長男の家に同居することになり、私たちが行っていた家は無くなってしまった。私たちは成長し、祖母は亡くなった。当時はまだスーパーなどでイチジクを見かけることは少なく、イチジクの味は祖母の思い出とともに私の中で眠っていた。ここ数年、スーパーでイチジクを見かける度に祖母を思い、食べてみて自分がどう感じるかが怖くて買わずにいた。そして、今回感じたのは、「まあ美味しいけど、昔食べた味は全然思い出せない」ということだった。ワンダーランドの味は特別、祖母のイチジクの味が眠ったままでよかったと思う。

イチジクの説明はこちら
(えざき りえ)







はまってはまって

江崎リエ(2016.11.02..更新)



国立国際美術館外観



中にあったヘンリームーアの彫刻



福太郎のねぎ焼き
大阪再訪



梅三小路のビリケンさん

 
大阪で朝早いシンポジウム取材の仕事があり、前泊した。せっかくなので、少し早めに行って観光することにした。大阪は大人になってから訪ねるのは2回目。前回来たのは10年前くらいで、仕事の前後に大阪・梅田駅界隈と道頓堀、通天閣の辺りを歩き回った。結構歩いて、大阪の地理をつかんだと思ったのに、今回行ったら大阪駅はガラッと変わっていた。駅の南口と北口にはショッピングビルができ、北口の奥にはグランド・フロント大阪という新しい建物ができていた。東京にもよくあるオフィスビルとショップゾーン、庭園と並木と広場を合体させた作りで、シンポジウムはこの中のイベントスペースで行われる。

 翌日の朝に行く場所は確認したので、南口のホテルへ。途中で通った梅三小路でビリケンさんを発見。ビリケンさんは通天閣にしかいないと思っていたのに、こんなところにもいるのね、とビックリ。ホテルに荷物を置いた後は、国立国際美術館へ。今回、大阪の有名美術館に行きたいと思ったのだが、大阪の美術館についてあまり聞いたことがなかった。大きな展覧会は京都や奈良で開催され、大阪の人もそちらに行くのかな。ガイドブックで調べ、現代美術がメインと書いてあったので国立国際美術館に行ってみると、建物はなかなかモダン。しかし、中では「アカデミア美術館所蔵 ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」という企画展をやっていて、現代美術の所蔵品は見られなかった。ヴェネツィア・ルネサンスも悪くはなかったけれど。

 その後も少し観光してホテルへ戻る。夕食はタコ焼きとビール。翌日のシンポジウムの後はねぎ焼きと、「粉もん」も楽しんできた。東京と似た大都会なので、なかなか大阪観光には行く気にはならなかったが、来てみるとおもしろそうなところが色々あったので、次回は仕事なしで遊びに来たいと思う。
(えざき りえ)